昭和58年にH2Oが歌った。
「思い出がいっぱい」
古いアルバムの中に
隠れて 思い出がいっぱい
無邪気な笑顔の下の
日付は 遥かなメモリー
9月になった。
夏休みが終わりトマムリゾートも静かになった。
この夏もリゾートセンターには沢山お客さんが来た。
3年ぶりのリゾートセンターの勤務。
殆どカウンターで受付係だった。
「パークゴルフしたいんだけど」
「フィッシングお願いします」
「生キャラメル作りの受付はここですか」
「缶ふりアイスします」
「ネイチャーウォッチングに予約してます」
午前中は受付を待つ列が出来るくらい混雑した。
トマムに何泊もして毎日リゾートセンターに来てくれる子が居る。
そんな子は顔見知りになると話をしてくれる。
「おはよう。今日は何するの?」
「つり」
「昨日のキャラメルはもう食べた?」
「うん」
「あ、おはよう。今日何すんの?」
「ラフティング」
「おぉイイネ、いってらっしゃい」
「キーホルダー出来た?」
「うん」
「見して見して」
「はい」
「おぉ上手じゃん。大事にね」
「うん」
またこの夏も出会いがあった。
埼玉からきた
ひなちゃんとちから君。お姉ちゃんと弟
滞在中毎日来てくれた。
帰る日、お母さんが「ここは良いとこですね」と言ってくださった。
ひなちゃんのお気に入りはエイちゃん呼ばれている男子スタッフ。
帰る日もリゾセンに来てくれた。
エイちゃんは駅行きのバスが見えなくなるまで手を振った。
京都からきた
よしたに ここちゃん5歳
お母さんが携帯の写真を見せてこの写真の方ですか?
と聞いてきた。
写真には完全なオヤジがピースサインなんてしてやがった。
え?あ、はいそうです。
「この写真を撮った家族と知り合いなんです」
「そうでしたか」
「トマムが楽しかったと言ってました」
「ありがとうございます」
「そのご家族のお名前は?」
しが あざみちゃん5歳
覚えている。
7月の末、リゾセンに毎日来てくれた。
「なにが楽しかった?」
と聞いたら。
「プール。ネイチャーツアー。夜のミステリーツアー。クラフト。パン、アイス作り。み~~~んな楽しかった!」
と言ってくれた。
あざみちゃんとここちゃんは幼稚園が一緒だとここちゃんのお母さんは話してくれた。
嬉しかった。
リピーターのお客さんにも会えた。
3年前の冬、ブログを読んでますと声をかけてくださった。
猪鼻様
冬にもアイスビレッジに会いに来てくださった。
半年ぶりの再会。
希ちゃんも元気だった。
一昨年の夏に出会った
清水様
お母さんから声をかけてくださった。
最初、思い出せなかった。(すみません)
ひろむ君を見て思い出した。
「あ!」
ひろむ君は覚えていてくれた。
毎日リゾセンに来てくれるたびに挨拶しに来てくれた。
ひなちゃん、ちから君、
あざみちゃん、
ここちゃん、
希ちゃん、
ひろむ君、
他にもリゾセンにきてくれたみなさん。
みんなトマムは楽しかった?
みんな大きくなって、
いつか古いアルバムを開いたとき、
夏休みの思い出がいっぱいある中の一つにトマムも入っていてほしい。
国境(くにざかい)のトンネルを抜けると雲の中だった。
夜の底が白くなった。
路側帯にトラックが停まった。
トンネルとは道東道の狩勝第一トンネルで2,351mしかない。
小説「雪国」の冒頭の長いトンネル「清水トンネル」は9,702mある。
根室本線の新狩勝トンネルは5,790mある。
狩勝峠は雲が出やすい。
昼間でも出やすい。
太平洋の暖かい空気が狩勝峠の山にぶつかって冷えて雲が出来る。
その空気の一部が狩勝峠の隙間からトマムに流れてきて雲海になる。
その他に昼間の暖かい(時にはアッツイ)空気が夜になって冷える、所謂『放射冷却現象』でできる雲海がある。
道東道の狩勝第一トンネルは2kmチョットしかないのにトマム側と狩勝側とでは天気が違う。
根室本線の新狩勝トンネルより更に高い場所にあるのと線路より太平洋側にあるから列車で越えたときより天気の変化を目にすることが多いのかもしれない。
そーいえば自動車を持ってから列車に乗っていない。。。
その代わり列車を見に行くことが増えた。『乗り鉄から撮り鉄』なった。
最近、根室本線に国鉄時代の色に戻された気動車がある。
JR北海道、釧路支社のホームページによると、国鉄色「朱色5号」とかいてあった。
懐かしい色だ。
「北の国から」の第一回で五郎と純と蛍が初めて布部の駅に着いたときに降りてくる列車と同じヤツ。
JR北海道釧路支社のホームページには運用予定表が載っている。
トマムからだと運用で時間が合えば落合駅か十勝清水駅が見に行ける近い場所。
落合駅はトマムから富良野へドライブへ行く途中見ることが出来る小さなローカル線の無人駅。
駅の裏に空知川が流れていてラフティングのコースになっている。
ホームで休憩していると鳥の鳴き声や川の流れの音や時折ラフティングをしている人の声が聞こえる。
7月17日から8月31日まで毎日、
ゴンドラの昼営業午前11時30分から午後2時までと
ナイトゴンドラ、午後7時から午後9時までの営業が始まった。
雲海テラスも含めて、
朝、昼、夜、
と3回の営業。
天気が悪い時は中止になる。
狩勝峠やザ・タワーホテルの最上階やガレリアスウィートホテルからとは違った景色。
長崎や神戸や函館のような街の夜景では無い
何百年、何千年続いてきた自然の夕暮れの風景を見られる。
深い山の中にポツンとあるトマムや高速道路なんてチッポケに見える。
6月28日午前零時
高速道路の無料化実験が始まった。
トマムを通る道東自動車道は開通区間の全線が無料になった。
新千歳空港からトマムへ自動車で行く場合、
千歳東インターチェンジから夕張インターチェンジまでと
占冠インターチェンジからトマムインターチェンジまで道東道を走っても高速料金はかからない。
その他、トマムから
然別湖や糠平湖や三国峠
豚丼の帯広市や
幸福駅や花畑牧場や
松山千春の故郷の足寄町や
オーロラが出たという陸別町や
ナウマン像の忠類村や
ワインの池田町や
その先の釧路や根室
の方へ行く時は、
道東道を使えば速く安く行けるようになった。
28日以降道東道は交通量が増えた。
特に、ヤッパリ、トラックが増えた。
それでも渋滞はしていないけど、夏休みのピーク時には渋滞が予想される。
実際、大型連休のときNHKで道東道の渋滞予想がでた。
こんな田舎道で渋滞だなんて
驚き桃の木ファンキーモンキーベイベーだ。
それじゃぁ国道は空いているかもしれないと思ったがそんなに変わりはなかった。
高速道路を走れない遅いトラックや目的地が道東道の通らない所へ行く自動車などでガラガラではなかった。
国道38号線の清水町から芽室町にかけての景色は北海道らしい丘や木々の景色が続く。
美瑛や富良野の方とは違う、酪農の十勝らしい風景と匂い。
道東道を通ったらこの景色が見られないので帯広方面に行くときどっちを走ろうか迷う。
そして美味しい店は国道沿いにある。
新得の狩勝峠を下りきったところに、ラーメンの『ロッキー狩勝店』がある。
11:00~21:00(LO20:45)定休日(水曜)
ここのモツ味噌ラーメン(¥800)は美味しい。(モツ辛味噌というのもある)
プリプリのモツと茹でキャベツと揚げねぎがヨク合っている。
これを食べたらその日一日はリップクリームは要らない。
もう一つラーメン屋ご紹介は
清水の次郎長ではなく、十勝清水町の国道274号と38号の交差点の近くにある
らーめん『濱龍』(ほうりゅう)清水店。
11:00ぐらい~21:00土日20:00定休日(火曜)
ここの味噌チャーシューめん(¥800)も美味しい。
ベーコンか!と言うくらいの大きさのバラチャーシューがのっかている。
最近ラーメン(チャーシューめんなど)で一杯で1000円を超えるのが当り前田のクラッカーのようにあるが、そんなのは食べる気にならぬ。
モツ味噌ラーメンも味噌チャーシューも大盛りにしても1000円でお釣りがくる値段なのがイイ。
6月の下旬は北海道は暑かった。
オホーツク海側の北見市では6月なのに37度を超えた。
そのほかにも6月の最高気温の記録を塗り変えた地域が山ほどあるらしい。
確か去年もそんな事言った。その日、日本で一番暑かったのが北海道だった日があった。
つい2ヶ月前まではまだ雪が残っていた。
ここ数日は蒸し暑い。夜もあまり気温が下がらない。それでも熱帯夜というほどではないので関東や中部や関西や四国や中国や九州などの暑さとは違う。
この先の天気はどーなんのか?
解らない。。。。
晴れでも雨でも、そのときを楽しむのが旅行だ。
明日は明日の風が吹く
6月18日
トマムはここ数日で急に緑が濃くなった。
6月のはじめ頃まであまり気温が上がらず暖房を点けた日も有った。
修学旅行の体験でリゾートセンターに来た生徒さんたちは
「メッチャ寒い」
と関西弁で言った。
中旬頃から爽やかな風になり、
イイ天気も続いた。
陽射しがきつくなり暑い日もあるようになった。
18日は太陽が眩しく少し蒸し暑い。
「今日は暑いね」
が挨拶になっている。
6月19日から雲海テラスが始まる。
テラスの周りも一日中日陰の場所以外は雪が無くなった。
右の向うに見える日高山脈、左の奥に見える東大雪の山の頂上はまだ白い。
4月からリゾートセンターの勤務になった。
近頃は夏休み期間の予約の電話が多くなった。
夜のミステリーハイクツアー。
水生昆虫観察ツアー。
体感型ネイチャーウォッチング。
缶ふりアイス。
パン焼き。
生キャラメル作り。
キーホルダー作り
森のネイチャークラフト。
テニスコート。
夏休みの期間は混雑する日もあるので日程が決まったら予約を、
予約は電話のみです。
熱気球。パークゴルフ。MTBレンタル。卓球などは。予約なしで受け付けている。
熱気球はT-DOCではなくザ・タワーから歩いて7、8分の所が乗り場。
ラフティングは直接ラフティングガイドに予約やお問い合わせしていただいています。
昨日、一昨日と雨が降り今日は湿った風が吹いている。
トマム山を見ると雲が左から右へ流れて行く。
そんな景色を見ていると
あの歌のように
それで僕も風をあつめて、風をあつめて、風をあつめて
青空を駆けたいんです
青空を
と思う。
落語の噺に「黄金餅」というのがある。
江戸時代に東京上野、下谷山崎町の貧乏長屋に西念(さいねん)という寺を持たないケチな坊主が居た。
この西念、金を使うのが厭で医者に行かずにいたら風邪をこじらせた。寝込んでいるところに隣に住む金山寺味噌売りの金兵衛さんが見舞いに行く。
金兵衛は西念に「何か食べたいものはあるか」と訊くと、あんころ餅が喰いたいと言ったので金兵衛があんころ餅を買ってくる。西念は人が見ている前じゃ喰えないから帰ってくれと金兵衛を追い返す。
不審に思った金兵衛さん家に帰って壁の穴から隣の西念んちを覗くとヤッコサンあんころ餅からアンコを出している。それから胴巻きを出すと中から一分金と二分金がドッサリ出てきた。
金兵衛「アンナニ持っててしみったれにしてやがんだなぁ」
今度はその金をあんころ餅の中に詰め込んだ。
金兵衛「モチぃ金を押し込んでどう仕様ってんだ?金モチかなんか言おうってのか」
なんて言ってるうちに西念はその餅を食べだした。
金兵衛「アイツ、金に気が残って死ねねえんだな」
全部食べた途端に苦しみだしそれを見た金兵衛が駆け込むが介抱の甲斐なく西念は絶命する。
独りになった金兵衛さん、この金をどうにかして頂けないかと考えた。
考えた結果、火葬場で骨上げのときに頂こうと思いつく。
長屋の大家さんのとこへ行き西念が逝ったことを話す、自分には身寄りが無いから金兵衛さんの寺に葬ってくれと遺言で言われたと嘘をついて長屋の連中と棺桶が買えないから他人んちの菜漬けの樽に西念を入れて下谷から金兵衛の知り合いの寺がある麻布まで運んで行く。寺に着いて飲んだ暮れ和尚にいい加減なお経を上げてもらい焼き場に行って長屋の連中を追い返してから西念を焼いてもらう。腹は生焼けにしろと妙な注文をする。焼きあがってから棒でお腹を突っつくと骨が砕けてお金がザザザーっと出てきた。金だけ取って骨を置いて焼き代も払わず帰って行った金兵衛、この金を元に目黒へ餅屋を出して大そう繁盛したという江戸の名物「黄金餅」の由来の一席。
なんてダークなブラックな噺だと思う。しかも、ハッピーエンド。
だけど落語で聞くとそんなダークには聞こえない。しかしネタがネタだけに噺家の技量が必要な難しい噺。
この噺を十八番(おはこ)としていたのが、五代目古今亭志ん生と七代目立川談志である。
伊藤は志ん生のCDを持っている。談志のはまだ聞いていない。
噺のネタはダークだけど登場人物は落語にお決まりの長屋の連中と大家さん。気の好いおっちょこちょいの人たちと麻布の寺の酒好きの和尚さん。この人たちのやり取りの面白さは志ん生の噺の巧さ。最初から最後まで笑える。
マンガばっかり読んだりテレビゲームが趣味だなんて言っているイイ歳をした大人は落語を聴いて想像力と洒落と粋と言うものを勉強したほうがイインジャナイ?
この噺の聴きどころは下谷山崎町から麻布(詳しくは麻布絶口釜無村『あざぶぜっこうかまなしむら』)の寺(木蓮寺『もくれんじ』)まで西念を運ぶ道順を一気に話すところ。
志ん生の噺だと・・・
「じゃぁひとつ出かけようか!ワーッショイワーッショイ!」(長屋の連中)
「おいおいお祭りじゃないよ!」(大家さんのツッコミ)
わぁわぁ言いながら下谷の山崎町を出ましてあれから上野の山下に出て三枚橋から上の広小路ぃ出まして、御成(おなり)街道から五軒町へ出ましてその頃堀様と鳥居様というお屋敷の前を真っ直ぐに筋違(すじかい)御門から大通りぃ出まして、神田の須田町へ出まして新石(しんごく)町から鍛冶町へ出まして今川橋から本白銀(ほんしろがね)町へ出まして、石(こく)町から室町ぃ出まして日本橋を渡りまして通り四丁目から中橋ぃ出まして南伝馬町から京橋を渡ってまっつぐに新橋を右に切れまして土橋から久保町へ出まして、新し(あたらし)橋の通りを真っ直ぐに愛宕(あたご)下へ出まして天徳寺を抜けまして神谷町から飯倉六丁目へ出まして坂を上がって飯倉片町、そのころおかめ団子という団子屋の前を真っ直ぐに麻布の永坂を降りまして十番へ出まして大黒坂を上がって一本松から麻布絶口釜無村の木蓮寺ぃ来たときにはずいぶんみんなくたびれた。
(客席がウケル)
アタシもくたびれた。
(更にどっとウケル)
木蓮寺というのは落語上の架空の寺で、長屋の有る下谷山崎町は今の台東区東上野4丁目だそうで寺のある麻布絶口釜無村は今の港区南麻布2丁目近辺だそうだ。
この間の距離は約13km。3里ちょっと。落語、散歩、古地図マニアの間ではこの道は有名で多くの人がこの道順を歩いているそうだ。
13km。帰ってこなきゃいけないから往復で26km。流石に江戸時代の人は健脚だ。この時代には大した距離ではない。
新千歳空港からトマムまでの距離はこの約10倍。
札幌からだともうちょっと長い。
約130km。歩いたらどんだけ掛かるか。
新千歳空港からトマムまで自動車で途中で休憩を入れると3時間は見たほうが良い。結構遠い。
でも今の北海道はドライブに良い季節。
「いや~~~北海道に着いたね~~~」
「涼C~。クーラー要らないね」
「寒くない?」
「じゃぁひとつ安全運転で出かけようか!ワーッショイ!ワーッショイ!」
「お祭りじゃないし・・・」
わぁわぁ言いながら新千歳空港を出まして国道36号に出まして平和交差点をそのまま真っ直ぐに中央大通りぃ出まして幸町6の交差点を右に曲がって国道337号に出まして千歳東インターから道東道に出まして夕張インターで降りましてあれから国道274号に出まして夕張で有名なシナモンドーナッツを置いているセブンイレブンを通りまして左にセイコーマートを過ぎるともうコンビニは有りません。昔、国鉄楓駅だった場所を右にみて石勝線を潜って長い上り坂を上がって一つ目の山越え、トンネルを通りまして鵡川町に入りまして坂を下りまして穂別キャンプ場前を通りましてずっと行って久しぶりの信号を通りましてまた坂を上がりまして二つ目の山越え、小さいトンネルを通って穂別ダムの湖を渡りまして更に上がりまして長い稲里トンネルを通りましてオロロップ沢に沿って山を下りまして鵡川を渡りまして遂に三つ目の山越えが始まりまして登坂車線のある坂を上がりまして登坂車線が終わりまして長いトンネルを3つ通りまして山を下りまして、名石パーキングのところを左に曲がりまして占冠方面に道道610号線に出まして赤岩の渓谷を通りまして赤岩トンネルを通りまして工事中の道東道を潜りまして再び鵡川に会いまして占冠の村に入って道の駅占冠の前の信号を左に曲がって国道237号に出まして、占冠の駅前を通りまして石勝線を潜りまして信号を右に曲がりまして道道136号に出ましてまっつぐに鹿に気をつけて走りまして「鵡川」「石勝線」「道東道」と沿って走りまして第2占冠、占冠と2つのトンネルを抜けまして下トマムの直線を通りましてトマムの駅前を通りまして橋を渡って左にトマム入り口、坂を上がって4本目の道を左に曲がってザ・タワーホテルに来たときにはずいぶんみんなくたびれた。
伊藤もくたびれた。
読んでる人もくたびれた。
2010年
平成22年
3月。
遂に、とうとう、やっと、自動車を買った。
38歳にして初めて自動車を買った。
トマムに来て6年間、自動車ナシの生活を普通に時には意地で通してきたが、ヤッパリどーしても必要と感じたので買うことにした。
しかし、鉄道が好きで子供の頃から国鉄ばっかし見てきたイトウには自動車のことはマッタク解らない。まぁ知ってるのはクラウンとかマークⅡとかカローラとかミゼットとかオート3輪とかの名前だけ。
だからスタッフの橋本や佐々木や佐藤に相談した。
イトウ 「自動車買おうと思うんだけど」
ハシモト 「え!やっと?」
イトウ 「でも全くワカンナイんだよね」
ハシモト 「じゃぁ心当たりに聞いとくよ」
佐々木と佐藤には「自動車屋に見に行ってご覧」と教えてくれた。
次の休み、帯広の自動車屋に行った。
自動車屋は大抵道路沿いにあって駅前には無い(当たり前田のクラッカー)
だから随分と歩いた。
一軒入っちゃパンフレットを見て話しを聞いてもう一軒入っちゃぁ話を聞いて2軒目で厭になった。
暫くして橋本から「車のこと聞いたら何台かあるって言ってたよ」と教えてくれた。
直接聞いてみたら2台アルと言われた。
1台は白のヴィッツで2駆でマニュアルでナビ付き
もう1台は黄色のファンカーゴでオートマでナビは無くてスターターを付けてくれるということだった。
どちらも車検が2年付いていた。
マニュアルに乗ってみたかったけど4駆のほうがいいよと言われ一晩考えてファンカーゴにした。
「だけど黄色だよ」
と言う人があったけど走れば良いよと答えた。
ファンカーゴに決めた次の日、
用事でザ・タワーに行ったとき。
「ファンカーゴに決めたんだって?」
とか
「黄色だって?」
とか
「遂に車買ったんだって?」
と言われた。
たった2日でもう広まってる・・・
そのニュースの速さは昭和29年9月26日の洞爺丸遭難事故並みの速さだ。
通信衛星もインターネットも携帯電話もない昭和29年。
1000人以上が乗った満員の青函連絡船洞爺丸が台風で転覆したニュースは無電でたった2日で世界中に広まる大ニュースになった。
伊藤が自動車を買った ことはトマムのゴク一部ではニュースになった。
3週間後黄色のファンカーゴがやってきた。
3月はまだ雪があり寒い。道路も凍っているから滑りやすい。一番危険なのは4月頃、春の雪解けが始まった頃である。
昼間は暖かくて雪が溶け水が道路を濡らす。夜になって気温がマイナスになると道路が凍る。そうなるといくら良いスタットレスを履いていても滑る。もっと怖いのはブラックアイスバーンだ。
ブラックアイスバーンは一見道路が濡れているだけのように黒く見えて実は凍っているという大変怖い状態。思いっきり滑る。このときに事故も多い。
トマム(北海道)では冬から春、秋から冬に変わるときによく使われる挨拶の言葉がある。
「タイヤ変えた?」
年に2回、タイヤを夏タイヤから冬タイヤ、冬タイヤから夏タイヤに交換する行事がある。
ファンカーゴも納車されたときは冬タイヤだったので5月の大型連休後にタイヤを変えた(本当は変えてもらった)今年は雪が多く気温も低いので雪解けは遅いし、大型連休の前日まで雪は降るしでタイヤ交換の時を何時にするかがみんなの悩みどころだった。
連休も終わると流石にいつもの気温のときになったりするけどまだ寒い日もある。
それでも雪解けは進み近くの小川は気温が高い日は溢れるくらいの水量になる。
夜中になっても気温がマイナスまで下がることは殆ど無くなった。
道路も乾き夏タイヤで安心して走れるようになった。
しかし!
これで安心してはイケナイ 。
これから多くなるのは、
動物たちとの事故である。
エゾ鹿、キタキツネ、熊・・・
トマム周辺、と言うより北海道の道路はその動物の生息エリアを通っている場所もある。
トマム周辺でも鹿や熊とぶつかる事故が毎年ある。特急とぶつかることだってちょくちょくある。
「今度の札幌行特急は鹿とぶつかって10分遅れ」
なんて情報を聞くと、「またか」となる。
特急とぶつかったら鹿や熊の方が可哀そうと思うけど。自動車とぶつかった日にゃぁ人間様の方が可哀そうな時が多い。
自動車が壊れる。人間も怪我をする。時には絶命することもある。
また熊とぶつかり熊が怪我をすると、「手負いの熊」と言われ気が荒くなり危険になるので注意報が出たり猟友会が動いたりする。
それに携帯電話の圏外になる場所が動物に出くわしやすいので注意が必要。
あと、鹿を一頭見つけたらその付近に必ず数頭、時には何十頭といるので必ず周りを確認すべしである。
気が付けば周りをグルリ囲まれ見つめられていたりなんかする。
夜なんかは特に危険なので注意されたい。キツネやテンの直前横断。鹿が道の真ん中で仁王立ち。
山の上以外は雪も無くなった森は緑が濃く鳴り出し鶯も鳴き始めもうすぐカッコウが鳴く。農作業も本格的に始まりトラクターが大きな畑を忙しく走り回っている。北海道の夏の景色になった。ドライブにも気持ちのよい時季。北海道のドライブには松山千春の歌がヤッパリ似合う。(あくまで個人的な意見)
大空と台地の中で、真っ直ぐに続く北海道の道に、人も自動車もトラクターもエゾシカもキタキツネも熊も牛も馬も通行している。
1976年。
昭和51年。
荒井由実、作詞、作曲の『中央フリーウェイ』
荒井由実の他、ハイファイセットや庄野真代も歌った。
『中央フリーウェイ』は荒井由実のほうが良い。
ハイファイセットは『卒業写真』のほうが良い。
庄野真代はヤッパリ『飛んでイスタンブール』だろう。
中央フリーウェイとは中央自動車道のことだと言うのは誰もが知っている。
中央自動車道は東京の高井戸から名古屋の小牧インターまでだと思っていたら終点は西宮だと言うことだ。名神高速は本当は中央道だったんだ。
東名と名神は東名高速、名神高速と言うけど、
中央や関越や東北は中央道、関越道、東北道と言われている。
中央フリーウェイ
調布基地を追い越し山に向かって行けば
黄昏がフロントグラスを染めて広がる
右に見える競馬場
左はビール工場
この道はまるで滑走路
夜空へ続く
この歌を知ってから
旅行やなんかで中央道に乗ると調布基地と競馬場とビール工場を探す。
中学校の遠足で河口湖に行ったときクラスの誰かがこれを歌いだした。
「あ!競馬場だ」
「次は左にビール工場だよ」
「あったあった!サントリーなんだぁ」
みんなが歌いだす。
「この道はまるで滑走路。夜空へ続く。夜空へ続く。夜空へ続く~~~」
トマムリゾートの前にも高速道路が通っている。
札幌と帯広・釧路を中心とした道東地方とを連絡する道東自動車道である。
北海道を東西に横断する。
未だ全線開通はしていない。
現在までに千歳恵庭ジャンクションから夕張間、
占冠から本別・足寄間が開通している。
2009年10月、トマムインターと占冠インターが部分開通してトマムリゾートの前を通るようになった。
2011年に占冠と夕張の間が開通の予定。
そうなると札幌や千歳空港から自動車で来るのが格段に早くなる。
休みの日、帯広に買い物に行く時この道を通る。
トマムインターから帯広方面に行くと直ぐにトンネルに入る。
第一狩勝トンネルで延長約2300mある。
このトンネルを入って暫く行くと、
「道内高速道路最高地点 標高626m」
と言う案内板がある。
トンネルがそこで弓のようにしなっている。
ちなみにトマム駅は道内で一番高いところにある駅で標高538m。
ちなみに日本で一番高い駅は小海線の野辺山駅で標高約1345m。
ちなみにこれは『鉄道の駅』と言う定義で。
道東道が出来る以前、トマムから帯広方面に行くには通称トマム街道と言われている道道を通って落合まで行きそこから国道38号で狩勝峠を越えていった。
この峠を越えるだけで40分はかかる。
今、トマムインターから道東道に乗って40分走ったら芽室辺りまで行っちゃう。
狩勝峠は新日本八景の一つで、峠の展望台からは十勝平野が一望できその眺めは素晴らしい。伊藤のオススメスポット。
『狩勝』というのは鉄道を敷くときの調査隊の一人が石狩国と十勝国の国境(くにざかい)にあることからお互いの一字をとって狩勝になったと言われている。
その鉄道は滝川と根室をつなぐ根室本線でかつては国道38号に沿って線路があった。ここはカーブも勾配も急で前と後ろに蒸気機関車を連結して峠を越える難所だった。頂点にある狩勝トンネルの十勝側は車窓から十勝平野が一望できた。その景色がかなり雄大なことから、国鉄の日本三大車窓の一つだった。昭和41年に勾配とカーブを緩和した今のルートに変わって三大車窓の一つでは無くなった。
今でも線路の跡を国道から見ることが出来る。
道東道は今の石勝線の線路にほぼ沿って狩勝を超える。
NEXCO東日本の北海道支社によると、
『道東道は日高山脈・夕張山地が連なる自然環境豊かな山
岳部を通過しています。』
と書いてある。
また環境保全にも取り組んでいるという。
『植物の移植や猛禽類営巣期間では工事抑制するなどして希少動・植物の保全対策や周辺環境に配慮し工事を進めています。』
と書いてある。
新技術も取り入れていて、舗装には走行性と耐久性を向上させた北海道型高機能舗装の全面採用やトンネル内照明に低温対策型の蛍光灯を使っていると言う。
それから動物侵入対策用立入防止柵(長い)が全線にあり鹿やキタキツネなどの動物が道路に入ってくるのを防いでいる。
そしてこの狩勝を越える区間は天候の悪い時が多い。
冬は雪、吹雪、夏は霧、時には雲の中に入ったみたいに濃い霧のときがある。
そのため道の両側、路肩のところにポールが間隔をおいてずっとある。このポールは雪や吹雪や霧などの見通しの悪い時、エメラルドグリーンのLEDが点く。自発光式スノーポールと言うらしく全線に設置してある。
この光は左車線を走っている車に向かって光るので反対車線の光は見えない。だから実際には一本に見える。
これが点くと夜の滑走路の誘導灯みたいに見える。
ちょっと綺麗だと思う。
十勝清水方面から走ると誘導灯は左に右に曲がりながら山を登っていく、それは空に続いているように見える。
銀河鉄道の線路みたいにも見える。
時には霧が本当に濃くてこの緑色の光でさえ見えないときもある。
霧が薄かったりすればザ・タワーの道路側の部屋からもこの光は見える。
夜の闇の中にエメラルドグリーンの光の点がずっと続く。
この光が点いたとき、
この道は
まるで滑走路
夜空へ続く。
4月14日
トマムは猛吹雪。
気温はマイナス8度。
道内の主な都市の気温は0度~プラス5度前後。
十勝の広尾では瞬間最大風速が40メートルに達した。
寝台特急「カシオペア」は東北本線の小湊で運転を中止した。
『小湊』って・・・、もうあと少しで青森なのに。
どんな理由なのか、余程天気が悪いのか。
そのせいで折り返しの「カシオペア」は全区間運休になった。
だけど道内のJRは平常。(流石!)
4月も半ばでまだこんな天気。
今年は吹雪が多い。
雪も多い。
5月まで雪が残るのは確実だ。山は6月まである勢い。
そんな中、トマムはグリーン期の営業準備が始まっている。
眼も開けられないぐらいの風と雪。映画の『八甲田山』みたい。
あちこちに吹き溜まりが出来、人間も5分ほどで雪ダルマになる。
風は音を立ててと言うか轟音というか、ピュ~~~ではなく、ゴーーーーっと鉄橋を列車が通ってるみたいな音。
雪煙が地面を走ったり渦巻いたり、黒澤明の『用心棒』のワンシーンみたい。(あっちは空っ風)
「低気圧は台風並みに発達しながら北へ進んでいる。西高東低の冬型の気圧配置」
ナンテ台詞、今年は何回も聞いた。
今年はそんな台詞をまだ聞きそうな予感。
4月も半分まで来た。
トマムは未だ冬景色。
「春は未だか」
天気予報で気温がプラスになり雨が降ると言っていた通り、3月15日のトマムリゾートは雨だった。
2月の末に気温が10度を超え氷のレストランや氷のBARが壊れて2週間しか経っていない。
アイスビレッジの氷のドームにとって雨は大敵。しかも気温もプラスときてる。
最早これまでだと思った。
昼の1時に出勤して様子を見に行くと取り合えずドーム達は踏ん張っていた。
が、しかし夜までこのまま持つかどうか心配だ。
案の定、夕方、氷の客室の天井が落ちた。
それを見た上司が、
「もうダメだ」
と言った。
この時、
2009年から2010年冬のアイスビレッジが終わった。
今年も沢山のお客さんに、
来てもらい、
見てもらい、
驚いてもらい、
頷いてもらい、
寒がってもらい、
笑ってもらい、
触ってもらい、
作ってもらい、
食べてもらい、
飲んでもらい、
泊まってもらい、
滑ってもらい、
撮ってもらった。
アイスビレッジが今日で終わりという結果を受けて
アノ『ジョンソンィ』はガッカリした顔で
「えぇぇぇぇ!終わっちゃったですか(泣)明日から何しますか」
と言った。
みんなもガッカリした。
翌日から片付け作業とヘルプになった。
アイスビレッジは氷で出来ているから、フロントやレストランのようにいつまで営業すると確定できない。ダメになった時営業が終わる。だいたい3月の中旬が多い。
3月になるとフロントの連中は伊藤の顔を見ると
「アイスいつまで?」と、いつもと聞いてくる。
チェックインのときに聞かれるからだ。
しかしこればっかりは気温との戦いなのでワカラナイ。
しかしフロントの気持ちはワカル。
アイスビレッジを一番イイ時に見れるのはやっぱり一番寒い1月から2月。
3月の中旬は賭けになる。
3月でも寒い日はあるけれど、3月の日差しは強く氷に小さな穴を沢山開ける。だから寒くても油断は出来ない。
3月の半ばになると冬のバイトの帰国ラッシュが始まる。
アイスビレッジのみんなは3月28日まで。
バイトが帰り始めたカウベルやコンコにヘルプに行く。
ヘルプに行かない残った連中で片づけをする。
今年は雪が多いから雪の中にある物を掘り出すのが大変。
掘り出せないものは諦めて5月頃向こうから出てくるのを待つ。
片付けのとき、
「オープンの時こんなの作ったね」
とか
「寂しいね」
とか
「4ヶ月長いようでアッと言う間だったネ」
とか
言っていた。
アイスビレッジが消えるとトマムの夜は静かになる。
夜風が心なしか暖かく感じる。
春が近いんだと気がつく。
そしてみんな帰っていく。
今年のアイスビレッジスタッフは、
東京、北海道、尾道、福岡、大阪、韓国から来た。
ついに3月28日、
みんなそれぞれの場所に帰っていった。
飛行機で帰る人、
フェリーで帰る人、
青春18切符で帰る人、
様々である。
アイスビレッジにはもう誰も居ない。
ただし!スキー場はまだ営業中。4月11日まで。
11日まで
第2、第3、第6、第7リフトとアルファキャビンが動いている。
伊藤は第3リフトに居る。
今年は雪が多い。
4月3日、10㎝積もった。
雪、まだまだあり枡。
今ならまだ
飛行機。
フェリー。
青春18切符。
でも間に合う。
アイスビレッジは終わった。
スキー場はまだ終わっていない。
だけど森の中では雪の下からせせらぎが聞こえるようになった。
トマムでは冬と春との入れ替わりの準備が始まろうとしている 。
この冬は2年ぶりにアイスビレッジの担当になった。
去年の冬は『ザ・タワー』のフロント。
夏シーズンは『三角』(みかく)
タワーのフロントの前は3年間アイスビレッジだった。
年を取ると古い記憶が薄れていく(それヤバくねぇ?)
それでも覚えているものは覚えている。
一昨年のアイスビレッジではよくお客さんと会話をしたことを覚えている。
特に、「ブログを見てます」とよく声をかけて頂いた。(エェそうです自慢です)
スゴイ嬉しかった。ビックリした。
そのことをブログに書いたこともある。
こんな文を読んでくださり有り難うございます。
但し、実は、お名前を忘れてしまった。
あの時あそこでお話した方は今頃どうしているのかな。
とか、
伊藤が喋り過ぎたんじゃないか。
とか、
イメージと違ってガッカリしたんじゃないか。
とか、
名前は忘れてもその方と話したことは今でも思い出す。
2月21日。アイスビレッジ。
伊藤はインフォメーションに居た。
インフォメーション担当のスタッフの休憩のため代わりに立っていた。
アイスビレッジは職場環境が特に寒いため。(人間関係のことではナイ)
気温が寒いため休憩をして暖を取る。
「休憩行って来て良いよ」
「ありがとうございます」
直ぐに、
お子さんを負ぶったパパとママの3人がアイスビレッジにいらした。
「こんばんは」
「こんばんは。一昨年アイスビレッジでお話した川越の・・・」
「あぁぁ!!」(心の中では、あぁぁぁぁぁ!!!!!ぐらい叫んだ)
直ぐに思い出した。
「覚えてますか?」
「はい!確か、熱気球のとこで」
「そうです。あの時お腹に居た子が出て来ました」
「あ、そうですか」
「のぞみと言います」
「コンバンハ」
「・・・」
一昨年アイスビレッジで、
「伊藤さんお客さんが呼んでます」
「え?俺なんかした?」
恐る恐る、
「僕が伊藤です」
「ブログ読んでます」
「え!」
そう言って会いに来てくださった最初のお客さんだから特に覚えている。
『のぞみ』ちゃんと名づけた経緯を聞いて驚いた。
一昨年お会したその前の年の話、
アイスビレッジには氷の滑り台が有った。
雪で2階くらいの高さの山を作り上から氷のブロックを繋げて25mくらいの長さの滑り台を作った。水を撒いたりして氷をスベスベにして斜度も少し急にしたためカナリよく滑った。大人の人だと終点で飛び出してしまうくらいよく滑った。
『危ないかな』と思った。
だけど、小さいお子さんは軽いから飛び出すことは無かった。
みんな滑ってるときはオッカナビックリの顔をしていたけど滑り終わると引き寄せられるようにまた階段を上がっていった。
10回以上滑った子のお母さんは「もう止めなさい」と言った。
ある男の子は「雪まつりのより面白い」と言ってくれた。
滑り台の為に毎日アイスビレッジに通ってくれた子も居た。
あまりに速くよく滑るのでその滑り台を
特急「スーパーおおぞら」
と名づけた。
この滑り台が特に人気だったので次の年はもっと進化して
『のぞみ』
にしようとしていた。
このことをブログに書いた。
そのブログを読んでいただいて、お子さんに
『のぞみ』と名づけましたと言われた。
ビックリした。
一人のお子さんの名前になるなんて。。。
こんなブログがきっかけになるなんて。。。
嬉しかった。
その後、噂の「スーパーおおぞら」はお子さんが怪我をしてしまい、廃止はしなかったものの翌年は縮小して「鈍行」になって「のぞみ」にはならなかった。
こんなことがあった滑り台のことはスッカリ忘れていた。
『のぞみ』ちゃんは2年ぶりにそんなことを思い出させてくれた。
お名前を忘れてしまったのでもう一度伺いたかったけどその後はお会いできなかった。
申し訳ありません。
そして、
今年も声をかけて頂きまして有り難うございます。
2年ぶりにお会いできて本当に嬉しかったです。
「今でもブログ読んでます」
励みになります。有り難うございます。
今年のアイスビレッジはいかがでしたか?
またお会いできる日を楽しみにしています。
2月25日、
トマムは異常な暖かさだった。
最高気温がプラスの12度まで上がった。
2月なのに。
ご冗談を
である。
夜になっても気温は下がらずこの日のアイスビレッジの営業は中止になった。
おまけに夜から雨が降り翌日には氷のレストランが崩れた。
みんなガッカリした。
それでも踏ん張って生き残ったドームで営業を続けている。
氷のBARと氷のホテルの客室が残っている。滑り台も修理をしてやっている。
今期の営業が終わってしまったのは、
『氷のレストラン』『氷のアトリエ』『氷のホテルのロビー』
プラスの12度。
2月のはじめトマムは最低気温マイナス34度近くまで下がった日があった。
2月一月の気温差が
約46度
NHKでも言っていたから嘘じゃない。
去年の冬はタワーのフロントで暖房の効いた建物の中に居た。
今年の冬は2年ぶりに外で過ごしている。
だから顔も2年ぶりに日焼けした。
ここ数年トマムも海外からのお客様が増えてきた。
香港、台湾、韓国
団体ツアーも多いけど個人で来る方も多くなった。
雪が殆ど降らない地域なので雪が珍しいらしい。雪を見てオオハシャギしている。
アイスビレッジにも沢山来る。
そして何より驚くのがデジカメで写真を撮りまくる。三歩歩いては写真を撮るという具合に。
日本に旅行に来る場合、観光と買い物がメインだとテレビで観たことがある。
最近の秋葉原はアジアからの旅行客で賑わっているらしい。
トマムではそういったアジアからのゲストに備え香港や韓国出身のスタッフも居る。
アイスビレッジには韓国人の女性スタッフが2人居る。
1月26日
伊藤はその日氷のアトリエに居た。
ここは氷のブロック(1個800円)をノミで削ってグラスを作るところ。
作ったグラスは氷のBARに持って行きそこでジュースや酒を飲んでもらう。
夜7時過ぎ韓国からのお客さんが2人アトリエに来た。
2人で1個ずつグラスを作りに来た。
作り方の説明をしたいのだけど韓国語が話せないのですぐ近くのHOTCAFEやあぶり屋のあるショップに居た韓国人スタッフのジョンソンィを呼んで通訳してもらうことにした。
ジョンさんは韓国の全州から来た明るくて元気な女性。
ジョンさんがインフォメーションに居るときは白いポンチョを着てお客さんを出迎えている。
「こんばんは、こんばんは、こんばんは」
と、いつも3回繰り返す。
そのあと
「ただいまマイナス12度でございます」
と、その時の気温を説明している。
無線でジョンソンィを呼んだ。
「ジョンさん手が空いていたらアトリエに来てください」
「ハ~イ」
すぐにジョンが来た。
「こちらのお客さんに作り方の説明をしてくれる?」
「ハ~イ」
「アンニョンハセヨ・・・」
ジョンが2人に話しかける。
グラスの作り方、BARの行き方など説明してくれた。
ジョンによるとアトリエにグラス作りに来た2人は新婚旅行で日本に来たと教えてくれた。こんな所に韓国人のスタッフがいることに驚いていた。
「へぇ、新婚さんなんだね」
「えぇ、そうなんです」
「ありがとう。カムサハムニダ」
「カムサハムニダ」
ジョンソンィはショップに戻っていった。
2人はグラス作りに集中していた。
この日はアイスビレッジは空いていてアトリエにはその時間この韓国から来た新婚さんしか居なかった。
入り口に誰か来る気配がしたので振り向いたと同時にジョンソンィが走ってきた。
「狸ミタイノガイマス」
と、半笑いとビックリと怖いが一緒になった表情で言った。
「え?たぬき?何処に?」
「あぶり屋ニデス」
あぶり屋はアメリカンドックやハムステーキ、焼きマシュマロ、肉まん、あんまんなどスナック類を販売している小屋のこと。ハムステーキやマシュマロを小屋の前の広場の焚き火に炙って食べてもらう。これがナカナカ美味しい。
狸が居るか確かめにあぶり屋に行ってみる。
扉を開けて中を覗くとカウンターの上に全身真っ白で目だけが黒い点が2つ百草丸のようにあった生き物が居た。
オコジョだった。
「ジョン、あれはオコジョだよ」
伊藤の後ろで様子を伺っていたジョンに言った。
「オコジョ?」
「イタチの仲間」
「イタチ?」
「ん~とね・・・、兎に角珍しいよ」
「アァ、ソウデスカ」
「写真写真」
「写真ですか」
「あ!逃げちゃった」
「ザンネンデスネ」
トマムに来て5年になるけどオコジョを見たのは初めてだった。
エゾ鹿とキタキツネとテンとエゾリスとウサギはエリア内で見たことがある。
「オコジョがこんな所に出るなんて」
ホントにオコジョだったのか、それともテンだったのか、、、
だけどテンほど大きくなかったし全身真っ白だったし、、、
オコジョだと思う。
朝のゲレンデは動物の足跡が多い。
エゾ鹿、キタキツネ、ウサギ、テン、そしてオコジョ。
その足跡が新しかったらその辺に
『狸ミタイノガイル』かもしれない。
今年の冬は吹雪が多い。
アイスビレッジのドームの雪下ろしをしても数日経つとまたメロンパンが雪見だいふくになってしまう。
吹き溜まりには1m以上も雪が積もり風に削られて不思議な模様になっている。
まるで熟練した職人の技のように速くて見事だ。
だけど吹雪は寒い。痛い。そして怖いものである。
アイスビレッジでは吹雪にあって遭難するなんていうことはないが、寒いと痛いは体験できる。
風の体感温度は1mで1度と言われているから5mの風が吹いたらマイナス5度の体感。気温がマイナス8度で5mの風が吹いたら体感温度はマイナス10度以下になる。そして雪が風に乗って体当たりしてくるので痛い。
アイスビレッジのスタッフには、THE NORTH FACEのジャケットとパンツが貸し出される(手袋と帽子は自分持ち)イトウはその下にラクダの上下を着て居る(年寄りだねぇ、、、デモ暖かい)
それでも吹雪のとき案内や保守で外に居ると痛寒い。
アイスビレッジに来るお客さんはもっと寒い。防寒をしてくる方も居ればGパンやスカートで来る方もある。そんな時は門を入って少し行った右側にアイスビレッジインフォメーションがある。そこでスタッフと同じTHE NORTH FACEのジャケットを無料貸し出ししています。
そんな風吹ジュンや越路吹雪の時でもアイスビレッジには毎日沢山のお客さんがいらっしゃる。
「こんばんはアイスビレッジにようこそ」
「こんばんは」
「こんばんは。ただ今マイナス8度です」
「ヒエ~~~~」
「こんばんは。今日は良い吹雪です」
「ハハハ・・・・・・」
こんなアイスビレッジでも気に入って毎年来てくださるお客様がある。
1月22日、
サイトウ様 コバヤシ様
東京からトマムに4年続けて来ていただいている。
アイスビレッジにはお子さんと4人でいらした。
4年前と言やぁイトウがアイスビレッジになって2年目、アイスビレッジが今のホテル『アビチ』の前に移った年。
「毎年ここに来るのが楽しみなんです」
「ありがとうございます」
お子さん2人は寒いのもナンノソノで焚き火の周りを走り回っている。
サイトゥ様とコバヤシ様はトマムの気に入ってることを色々話してくれた。
雪が良い。ゲレンデが良い。場所が良い。アイスビレッジが良いなどなど。。。
凄い嬉しかった。
イトウがお会いしたのは帰る前の日だったという。
「子供たちは明日帰るのが嫌で『帰る』という言葉を言うと怒るんです」
と言った。
一昨年の冬に書いた『私のお気に入り』を思い出した。
あそこに書いた女の子もアイスビレッジを気に入ってくれた。
こんなトマムを楽しんでくださる。好きになってくださる。そういうお客さんが増えるように考え働いていくということを書いた。
「去年も来ました」
「5年ぶりにトマムに来ました」
「トマムに来るの10年振りだよ」
「初めてトマムに来ました」
「変わったね」
「良くなったね」
「寂しくなったね」
「前のほうが良かった」
「ここ良いね」
翔さんも毎年トマムに来てくださる。
有り難うございます。
コバヤシ様、サイトゥ様
お元気ですか。トマム、アイスビレッジに来ていただき有り難うございます。
お話、嬉しかったので有り難かったので書いてしまいました。
彼女も喜んでいますよ。
一昨年の『私のお気に入り』を書いて以降ずっとアノ気持ちを忘れずにやってきた。
これからも忘れずにやって行く。
これからもトマムが私のお気に入りになるように。
2010年1月15日
アイスビレッジの氷のホテルの宿泊体験が始まった。
初っ端の15日と16日に予約は無く、
17日、今シーズン最初の宿泊体験があった。
氷のホテルのチェックイン開始時間は19時。
チェックアウトは午前8時。
(8時前にアウトしても大丈夫だし、途中で体験終了しても大丈夫)
途中で体験終了した時はちゃんと泊まっているホテル(氷じゃない)までお送りする。
実際に途中でヤメル人は殆ど居ない。年に1組か2組くらい。
一泊の宿泊体験代は一人20,000円。
氷のレストランの食事付は一人28,000円です。
このほかに、
実際に泊まるホテル(ザ・タワー。ヴィラスポルト。ガレリアスウィート)
の宿泊代が要る。
氷のホテルだけの予約は受付けない。
氷のレストランの食事付のメニューは、
前菜
チーズフォンデュ
タジン鍋
デザート
ボトルワイン
コーヒー
氷のホテルの客室は1ドーム1ルーム。
氷のベッド。
氷の椅子。
氷のテーブル。
テレビは無い。
無論、暖房も無い。(デキナイ)
しかし、最近の薄型テレビは熱を持たないから置くことが出来るかも知れないが、
アイスビレッジはそう言う無粋なものは置かない。
トイレは離れにある。夜通し使える。(トイレは本物)
4年前、氷のホテルの体験が始まる前の年、見学用の氷のホテルというのを造った。
ベッド。バスタブ。電話機。冷蔵庫。スリッパ。を氷で作った。
伊藤は氷のスリッパを作る係になってチェーンソーやノミを使って作った。
氷の電話機も受話器やボタンも氷で作った。
完成して公開して1週間くらいで壊された。
氷のスリッパなんてホントに履けるワケ無いだろ!
氷の電話機で電話できるワケ無いだろ!
と、みんなでガッカリしながらツッコミを入れた。
翌年から宿泊体験をするようになった。
どーやって氷の部屋の中で寝るのか?
寝袋に入って寝る。
マイナス30度以下の寒冷地対応の寝袋(シュラフ)だから意外と温かい。寝袋に入るときは厚着をしてはいけない。寝袋の中で汗を掻いてしまいかえって体温が下がる。半袖でも良いくらい。顔を出して寝ても寒くないと体験した方はみんな言っていた。
「おはようございます」
「おはようございます」
「如何でしたか?」
「意外と平気でした」「ゼンゼン寒くなかった」「快適でした」「楽しかった」
ドーム内(客室内)は結構静かである。
雪があるから音を吸い込んでしまう。氷も厚いから音を通さない。
テレビも暖房も無い静かな部屋では2人きりで会話を楽しんでもらいたい。
氷の客室内では飲食と喫煙はご遠慮いただいている。
食べ物の匂いが残ってしまったり飲み物を溢してしまうとそのまま凍ってしまうから。
氷の部屋の中の温度はだいたいマイナス3度から7度くらい。外がマイナス20度以下になってもその範囲。マイナス10度以下にはならない。
1月17日、
今シーズン最初の氷のホテル宿泊体験のお客様が来た。
野上正充様
未央様
「こんばんは。お待ちしていました」
「こんばんは」
「チェックインの手続きをさせていただきます。こちらへどうぞ」
氷のホテルのロビードームに案内する。
実際のホテルのチェックインと同じチェックインの真似をする。
「こちらにお名前をお願いします」
(ボールペンは本物)
「本日からご一泊2名様のご利用で間違いないですか」
「はい」
「ご案内させていただく伊藤です。では客室にご案内いたしますこちらへどうぞ」
ロビーから外に出て通路を行く、橋を渡り客室へ。
「こちらの部屋をご用意いたしました。どうぞ」
野上様が部屋に入る。
部屋に入ると右に氷の暖炉がある、左にベッドスペースが一段高くあり鹿革が敷いてある。その上に寝袋が頭を向こう側にして2つ並んでいて、寝袋の間にクッションとモコモコとしたつなぎになってる部屋着とバスローブが置いてある。ベッドスペースの上がり口にはスリッパを置いてある。ベッドスペースの向かいには氷の椅子とテーブルがある。
「こちらで寝ていただきます。寝袋はマイナス30度の場所で使えるヤツなのであまり厚着をしないで下さい。汗をかいてかえって体温が下がってしまいす」
「へぇ」
「次にお風呂をご案内します」
客室はドアが2つあり手前が出入り口、奥のドアを開けて外に出る、左に進んで行くと突き当たりの右に入り口があり2段ほど階段を上がる。氷の壁で囲まれたバスルーム?がある。バスタブは本物でその周りを雪で埋めてある。だからバスタブを跨いで入るのではなくプールに入るみたいに湯船とフロアが同じ高さ。
天井は無い、露天風呂である。一部壁がなく外が見える。脱衣場にはスノコが置いてありそこにバスマットを敷いて脱衣する。
「こちらがお風呂です。お部屋でバスローブに着替えてこちらまでいらしてください。かなり寒いので小走りで」
「あ、はい」
「お風呂は22時からご利用いただけます」
「あと、トイレはどこですか」
「トイレはこちらです」
トイレは橋の袂にある。
「明日の朝は何時に伺って良いでしょうか」
「8時でお願いします」
「はい。では8時に伺います。ではこれで失礼いたします。どうぞごゆっくり」
この晩は風が強く少し吹雪いていた。気温はマイナス10度くらい。
案内はこれで終わり。お客さんが部屋に入ってからは朝まで見回りはしない。連絡は携帯電話で行う、非常のときや途中で体験を止めるときに使う。客室内の電気は点けたまま。
大丈夫だと解っていても、「寒くないかなぁ」と思う。
23時を過ぎると
タワーの窓の明かりも少なくなっていた。
人気も無くなり。エリア内バスも終わっている。
風が音を立てて吹いている。雪煙が上がり渦を巻いている。
朝が来た。
東の空が明るくなってきた。風は治まり雪も止んだけど空は雲に覆われていた。
コーヒーを淹れ。熱いおしぼりを作る。
8時、野上様の部屋に伺う。
「おはようございます」
「おはようございます」
「失礼します」
「どうぞ」
「おはようございます。コーヒーをお持ちしました」
「ありがとうございます」
「それと洗面所が無いのでこれで顔を拭いてください」
「いかがでしたか」
「平気でした。寒く無かったです」
「ありがとうございます」
ふとテーブルを見たら、バナナと釘の刺さった角材が置いてあった。
おぉ実験したんだと思った。
「お忘れ物ないですか」
「はい」
「このたびはありがとうございました」
「ありがとうございました」
ホテル『ヴィラスポルト』までお送りする。
「あの釘は刺さりましたか」
「少し入ったくらいです」
「今あのコマーシャルをやってないから、あれを知ってる人も少ないですよね」
「え!そうなんですか」
前に上司に聞いたが過去にアイスビレッジでも試したことがあるそうでバナナを凍らせて釘が本当に打てるらしい。
「今日はどう過ごされるんですか」
「きょうはスノーシューツアーに行きます」
「楽しんできてください」
未央さんはホテルのモコモコの部屋着とインフォメーションとレストランのスタッフが着ていたポンチョを気に入って、
「あれはどっかで買えないんですか」
と言った。
ポンチョと部屋着は伊藤がタワーフロントになっていた去年に作ったものなので解らなかった。その日去年アイスビレッジだった人に聞いたら、
「あれは特注で作ったやつで今はもう作ってないから残念だけど・・・」
と言った。
未央様、
返事が遅くなってしまい申し訳ありません。
モコモコ部屋着とポンチョは売っていないという事でした。
気に入っていただいたのに申し訳ありません。
スポルトに着いた。
「ではここで失礼します。今回は有り難うございました」
「こちらこそ有り難うございました」
2人はスポルトに入っていった。入った後振り返ってまた手を振ってくださった。
嬉しかった。有り難かった。
また今年もアイスビレッジになって楽しんでいただけたお客さんに会った。
アイスビレッジに帰る道、嬉しさでにやけて居た(変なヤツ)
無事に終わった。片付けて帰って寝よう。
アイスビレッジに戻って片付けを始めようとしたとき、また雪が降ってきた。
新年
明けまして
おめでとうございます。
平成21年
1月
もう10日以上が過ぎている。
すっかりご無沙汰してしまった。
今を去ること、
約20日前、
12月23日
アイスビレッジがオープンした。
オープン準備、オープン、営業、作業
毎日無我夢中で過ごした。
長かったようで短かった。
短かったようで長かった。
今シーズンのアイスビレッジは
氷でグラスを作る、「氷のアトリエ」(去年まで氷の工房と言った)
氷のグラスでジュースや酒を楽しむ、「氷のBAR」
という、毎年お決まりのドームや
氷のドームに宿泊体験できる「氷のホテル」
少し離れた場所(レストランアプリコの前)に「スケートリンク」
という、もうスッカリお馴染になったドームもある。
そして今年は「氷のレストラン」が出来た。
レストランと言うからには食事を出す訳だけど、、、
メニューは
チーズフォンデュ(2人前) 2520円
タジン鍋(2人前) 2520円
氷の前菜 1575円
ふらのワイン(グラス) 600円
オレンジジュース 300円
グレープジュース 300円
ご存知のようにICE VILLAGEは氷と雪で出来た空間であり街である、
氷と雪で出来た「氷のレストラン」で
温かいチーズフォンデュと
温かいタジン鍋
を出して平気なのか?
と思われるかもしれない。
過去に氷のBARにて、
「温かい飲み物はないの?」
と聞かれたことはたまにある。
その時は、
「BARは氷で出来ているので温かいものは置けないんです」
と言っていた。
そうすると、
「そうだよねー」
と言って納得してくれた。
だから今年、氷のレストランで火を焚いてチーズフォンデュなんか出したら、
「温かいもの出して平気じゃん」
と言われるだろう。
氷のレストランは予約は受け付けていない。
オープンはアイスビレッジと同じ17時から。
ラストオーダーは21時30分。22時に閉店。
宿泊についている夕食券は使えない。会計は現金のみです。
あくまでも体験の一つ。
それと今年から
「氷の教会」が水の教会に移動した。
伊藤にとって2年ぶりのICE VILLAGE
あの頃とまた違った街になっている。
変わっていないのは冷凍庫より冷たい空気とプラネタリウムより綺麗な星とお客さんがビックリする様子と伊藤のツマンナイギャグと音も無く降る雪とメロンパンのような氷のドーム達だけ。
またこの冬もトマムに、
1日5時間だけ氷の街が現れる。
12月1日トマムリゾートの冬の営業が始まった。
朝7時、
トマムは霧に包まれていた。
今日からリゾートセンター2階のレストラン『カウベル』の勤務。
リゾートセンターの2階と言えば、グリーンシーズンはTーDOCの食体験をやっている場所。
冬はレストランとして営業している。
開店初日のため少し早い8時出勤。
7時半に寮を出る、リゾートセンター1階のショップ担当の山岸さんに乗せていってもらった。(イイ加減に自動車買ったら!)
霧は相変わらず濃かった。
「随分濃い霧だなぁ」
何時もなら右にタワーとガレリアの4本が見えるはずなのだが今日は見えない。
トマムリゾートの入り口を入り長い上り坂を登ると霧が薄くなってきた、見上げると青空がうっすら見える。
「晴れてんだ」
リゾートセンターに着いたら霧は殆ど無くトマム山が朝陽に照らされていた。
「イイ天気だ」と思った。
「おはよう」
「おはよう。いよいよオープンの日が来たね」
「来たねぇ」
スキースクールの人と挨拶した。
レンタル、GAO、スクール、リフトのスタッフが出勤してくる、
みんな張り切っている。喜んでいる。
カウベルでもスタッフが出勤してきた。
オープンは午前10時。
テーブルを拭き掃除機をかける。
窓から見える3番リフトでは運行開始に向けて忙しく動いている。
霧はすっかり無くなり空は雲一つ無い快晴だった。
1階のエントランスではパトロール隊がゲレンデ状況を見るためゴンドラに乗る準備をしている。
9時、
リフトがオープンした。
山頂へ行く(夏は雲海テラスへ行く)ゴンドラが一定のリズムでリゾートセンターから吐き出されていく。ワイヤーを支える黒い鉄柱が弥生時代の土偶みたいなカッコウでトマム山に向かって一直線に並んでいる。
カウベルでは調理さんが仕込みを終えていた。
食器の準備も終わった。
ジュースやソフトクリームの準備もできた。
良い天気だ。綺麗な青空だった。
東京でも正月になると工場が休みになり自動車が減るとこんな青空になったことを思い出した。
オープン前のミーティングが始まった。
「おはようございます」
「おはようございます」
「いよいよオープンの日が来ました。美味しい料理を提供することに注力を注いでください」
「はい」
「今日から宜しくお願いします」
「お願いします」
10時、
カウベルがオープン。
営業時間は、
午前10時から16時まで。
カウベルはカフェテリア方式のレストラン。食券を買って注文します。
オススめニューは、
『野菜トマム山ラーメン温玉のせ』 840円
『煮豚ネギカレーうどん』 840円
『煮豚温玉丼』 840円
この3つは特に、と言っても『特2』国鉄の特別2等車(今のグリーン車)のことではない、
特に、特別に、美味しい。
トマム山ラーメンは味噌ラーメンに炒めたもやし、玉葱、キャベツ、メンマをトマム山のように乗せた代物。
カレーうどんは少し辛口のルー
煮豚は甘めのタレで煮てある。
他にも
丸ごとジャガイモ、玉葱、人参、アスパラガス、揚げた南瓜の入った、
『コーンライス野菜カレー』 1050円
野菜カレーに鹿カツが乗った、
『コーンライス赤ワイン蝦夷しかかつカレー』 1260円
『ドライカレーロコモコ丼』 840円
『チキンライス洋風親子丼』 840円
『キッズスペシャル 日替わりプレート』 740円
などなど、
『ソフトクリーム』 300円(コレ美味しい)
『ケーキ』 420円
と言ったスウィ~トゥも用意している。
また、店内にはスリッパを用意しているのでスキーブーツを脱いで蒸れた足を乾かしながら冷えた身体を暖めていただくことが出来る。
「いらっしゃいませ。こんにちは」
カウベルにこの冬最初のお客さんが来た。
2009年12月1日、
本日は晴天なり
11月2日3日とマトモな雪が降った。日に日に寒くなっていく。
その後は雪は降らなかった。
降らなくても気温が上がらないから雪が融けない。
このまま根雪になっていくのかとみんなは思った。
その後、トマム周辺には積もるほどの雪は降っていないけど山のほうは少しずつ積もっているようだ。
アイスビレッジの本格的な設営工事は12月に入ってから。
だから今はリゾートセンター2階のレストラン「カウベル」やゲレンデ中腹にある「コンコ」の準備をしている。
タワーやガレリアやスポルトなどのホテルのほうも準備や清掃が進んでいるようだ。
ロビー前の床をワックスがけしたりスキーロッカーを並べたりロッカーの中を掃除したり、業者を入れて修理をしたりしている。
お客さんの少ないこの時期(いちおうタワーは営業している)制服を着ているスタッフより作業着を着ているスタッフのほうが多い。
エリア内の道路はレンタカーや観光バスより作業車やダンプカーのほうが多い。
冬至に向かって日の入も早くなり暗くなるのが早い。
夕方5時には真っ暗になる。
街灯も無いトマムは自然の暗さになる。雪が積もり月が出ているときは本が読めるくらい明るい。
アイスビレッジはというと12月に入ってから本格的に動く。
3年前いろいろあったけど今年は滑り台を復活させたいと思っている。
スケートリンク、氷のホテル、氷のグラス作り工房、氷のバー、氷のレストラン、氷の教会etc
こんなに出来るのか???
今年は、犬ぞりは無い。。。
しょはんの事情により犬ぞりはやれないことになった。
しょはんと言っても、島津藩とか前田藩とかいう諸藩の事情ではない。
諸般の事情で犬ぞりは無い。
ポーラービレッジでもやっていない。
トマムのエリア内では一切犬ぞりはやっていない。
残念で申し訳ない。毎年来られているお客様の中にはトマム=アイスビレッジの犬ぞり
という方がいるかもしれないと思いご案内します。
けれども、今年のアイスビレッジは氷のホテルは3室に増やし、氷のドームの中でチーズフォンデュ
等が楽しめる、白い森のレストランがオープンする。
今年のアイスビレッジはまた違った世界を演出できるよう試行錯誤しながら制作しているので
楽しみに。
今年は暖冬だと言われている。
暖冬だとトマムは雪が多い。何故だか解らないけど雪が多い。
暖冬だとアイスビレッジにとっては良くないことである。
マイナス14度前後まで下がらないと良い氷のドームが出来ない。アイスビレッジにとって暖冬は困ったことだ。
マイナス14度前後でできた氷のドームは強くチョットくらい気温が高い日(マイナス一桁の気温のこと)が続いても融けたりしない。
そんなドームはここ数年作ったことが無い。
久しぶりに作ってみたい。
だけどマイナス14度っていうのは寒い。
去年はタワーのフロントになって暖房の効いた建物の中に居た。
それまで3年間アイスビレッジに居たけどアノ寒さにまた耐えられるかが一番の心配。
その次にアイスビレッジが出来るかが心配。(カラダが資本)
もうすぐ12月。
天気予報も雪の予想や降水確率ではな降雪確率になった。
2009年の冬が来た。
10月も半ばを過ぎトマムは閑散としている。
10月24日、
道東自動車道のトマム占冠間が開通した。
トマムリゾートの入り口の前を通る道道は途端に交通量が減った。
残る未開通の占冠夕張間も再来年に開通の予定である。そうなるとトマムから札幌や千歳空港が格段に近くなる。千歳空港まで1時間前後で行ってしまう。
そうなると危機感を持つのがJRだ。
10月1日、JR北海道はダイヤ改正をした。トマムを通る石勝線の特急は全部「スーパー」が付く新型の振り子車両になって昭和の国鉄の時代から走っていた車両が通らなくなった。
9月の下旬頃から沿線には廃止になる旧型「とかち」を撮影する人が増えた。
伊藤もお客さんと一緒に撮影に行った。
旧型「とかち」が「スーパーとかち」になって札幌帯広間の所要時間が最大で18分の短縮になるとポスターに書いてあった。
高速道路開通に向けての先手を打ってきた。
しかしこの開通はトマムリゾートにとって差ほどの影響は無い。
トマムにとって影響が大きいのはその先の占冠夕張間の開通である。
開通の日、早速走りに行ったスタッフがなっちゃんの他にも居た。
高速道路はトマムの社員寮のすぐ裏山の中腹を走っている。
寮の最上階の5階よりも高いところを通り寮との間に白樺林があるので自動車から見えたり五月蝿かったりはそれほどしない。
夜、寮の駐車場から眺めると森の中に流れ星のようにヘッドライトが走るのが見える。自動車の走る音が山にこだまして辺りに響くと、深夜の三軒茶屋か板橋の首都高沿いに居るような気分に無理やりイメージする。
10月29日、
三角の夏期営業のスタッフお疲れ様会が上トマムのいっぷくであった。
いっぷくは上トマムにある居酒屋のような食堂のような店で、ラーメン、定食、焼肉、ホッケや氷下魚などの焼き魚のメニューもあってトマムスタッフ御用達の店である。
トマムのゲストにも知られていて滞在中 ここで夕食をとるお客さんも居る。
電話をすればホテルまで送迎してくれる。トマムリゾートから自動車で5分くらいの距離。
上トマムと言うからには他にもあってトマムリゾートは中トマムになる。さらに占冠の方に行ったところに下トマムと言う地区がある。
伊藤の地元の埼玉県の川口市の隣りさいたま市、昔の浦和市には浦和、東浦和、西浦和、南浦和、北浦和、中浦和、武蔵浦和と7つの駅がある。
地名の入った駅では日本で一番多い。
三角のお疲れ様会と言っても三角の営業が終わる訳ではない。
三角はこれからも冬もずっと営業する。
スタッフは色々な施設の担当になる。そしていろんなスタッフがトマムで働いている。
三角に残るのはトマム2年目の金沢出身の◯井君だけ。
TEAMNACS(チーム・ナックス)のファンで北海道の全市町村を3年ほどで制覇した東京都23区外出身の大◯さんはアザリアになった。
北海道に移住してきたトマム2年目国分寺出身の◯永君はウエアショップ。
道内出身のトマム暦20年の小◆さんはニニヌプリ。
同じく道内出身の伊藤とほぼ同期の▲岸さんはリゾートセンターの売店。
地元南富良野町出身のトマム暦20年の◯山さんはブライダル。
バイクで日本縦断をして北海道に住むことを決めた栃木出身5年目の◆谷さんと、
入社3年目の登別出身の◯井さんはサービスチーム。
伊藤はアイスビレッジになった。
調理の方も◯曾さんがプラチナム。
×内さんはアイスビレッジとコンコ。
▲口さんだけが三角に残る。
これだけみんなバラバラになると、この三角のメンバーが団結をして謀反でも起こすと思ったのだろうか。(冗談です。。。)
実際、みんな仲は良かった。
表向きは(そーいうこと書くんじゃないよ)
だからお疲れ様の会をやった。
心のどっかで奥の方の隅の方で、殴り合いになるんじゃないかと思ったけど。。。
「あの時は大変だったねぇ」
「8月のあの日はキツカッタねぇ」
「みんなと居て勉強になりました」
「ご迷惑お掛けしました」
「楽しかった。面白かった」
と、みんな言った。
ホントに楽しかった。勉強させてもらった。
打ち上げが終わってから一部の人は次の異動先のことで忙しくなってきている。
正式な異動は11月に入ってからだけどやっぱり準備とかがアル。伊藤は10日にアイスビレッジに出勤先が変わる。
11月から冬の陽気になると天気予報が言っている。週間では雪の予報も出ている。
雪虫も飛んだ。さあ、トマムは夏から一気に冬に切り替わる。スキーシーズン到来だ。
トマムはしっかりと冬に向かって動き出している。
10月になった。
トマムの森の木々も
黄色になったり赤色になったりしている。
紅葉・・・と言うような景色ではないけれど
葉っぱの色は秋になっている。
お客さんも少なくなり
昼間のタワーロビーはマッタリとした時もある。
夏休み。
行列をなしてチェックインを待っていた人たちは日本全国に帰っていった。
全部で100席も無い三角も夏休み朝食は300人を超え
夕食でも100人を超えていた。
あれは夢か現か幻か・・・
太陽は低くなり影が長くなった。
夕焼けは夏よりもオレンジが濃い。
日の入りも早くなった。
そんな時、
忙しかった夏のことをふと思い出す。
8月下旬のある日、三角の夕食営業でのこと、
お母さんと手をつないで女の子がやってきた。
「伊藤さんですよね。去年、パンを体験したなつみです」
去年の8月にトマムに泊まりに来て、
リゾートセンターの食体験でパン作りをしたなつみちゃんが今年もトマムに来てくれて、
三角に夕ご飯を食べにきて伊藤を憶えていてくれて声をかけてくれた。
正直、名前と顔は忘れていたけど。なつみちゃん達がパンを体験した日のことはハッキリ憶えている。
「ハイ。憶えてますよ。日進からいらしたんですよね。」
「いえ、三好です」
「アレ?・・・、去年オバケのパンを作ったよね」
「うん」
「帰るとき見えなくなるまで手を振ってくれたね」
去年それがとても嬉しかった。
時々そのことを思い出していた。
その日のことをブログにも書いた。
去年、ブログがリニューアルしてから去年までのブログが見られなくなってしまった。
今までここに書かせてもらった子供達ともうずっと会えなくなるような気持ちになった。
だから春から、去年までのブログをもう一度復活させることはできないかと頼んでいる。
なつみちゃんは去年書いたブログを見てくれていた。
お母さんは返事しないですみませんと言ってくださったけど読んでもらえただけで嬉しかった。
なつみちゃんはお母さんと手をつなぎ恥ずかしそうにしてた。
「憶えていてくれてありがとう」
と言って握手をした。
去年はなつみちゃんともう一人(親戚でしたっけ)
の二人でパン作りを体験したけど今年は一人だとお母さんは話してくれた。
「今年もパン作りしたの?」
と聞いたら
「今日来たので明日行きます」
とお母さんが言った。
「明日パンつくりに行ったら、去年のオジサンのほうが楽しかったって言ってね」
「今はこちらなんですか」
とお母さん
「はい。4月からココと客室清掃になりました。ハッハッハッハ」
三角を帰るときなつみちゃんは手を振ってくれた。
伊藤も手を振った。
なつみちゃんは今年も見えなくなるまで手を振ってくれた。
本当はこのことはもっと早い頃に書きたかった。
他にも
三角の朝食営業で入り口に立っていたとき
「去年までアイスの人でしたよね」
「はい。アイスの人でした。今年からこっちに飛ばされました」
毎年夏にトマムに来てくださるご家族だった。
缶振りアイスは夏のトマムの食体験の一番人気(今年はどーか知らない)
毎日大勢やってくる。
なので全員はなかなか覚えていない(ゴメンナサイ)
だけどお客さんのほうからそう言っていただけるとヤッパリ嬉しい。
「楽しかったよ」
「去年も居たね」
秋の夕暮れにはそんなイイ思い出に浸る。
太陽は山の向こうに沈んだ
秋の風が落ち葉を飛ばす。
そんな時、
ふとさっきまで思い出していたことを思い出す。
それはトマムが楽しかったのか・・・
イトウが楽しかったのか・・・
小さい・・・
やっと、
と言うか、
もう、
と言うか、
9月になった。
7月の後半から8月いっぱい忙しかった。
体重が4kg減った。
夏の短期バイトを含む一部の人は体重が増えたらしい。(何故だ!)
8月31日
三角に配属された夏の短期バイトがその期間を終了した。
熊本、名古屋、前橋、千葉、秦野、秋田、道内とあちこちからやってきた。
三角に来たバイトはみんなよく働いてくれた。
教えることが下手な伊藤にとってはすごくありがたかった。
「客室清掃もするなんて聞いてなかったです」
と、みんな言っていたけど愚痴も言わずに働いてくれた。
昔、池田勇人が蔵相の時だったか総理の時だったか忘れたけど国会で
「働くと言うことはハタ(傍)の人を楽にすることだ」
と言ったのを観たことがある。(伊藤はアラフォーなので生で観たわけでは無い、なんかのテレビで観た)
政治家でもシャレを言うんだと思った。
「私は嘘は申しません」
他の店のバイトのことは知らないが三角に来たバイトは働いた。
だからみんなが帰って寂しくなった。
「お世話になりました。ありがとうございました」
「おぅ元気でね。またおいでよ」
地元に帰る人
次の任地に向かう人
北海道を観光してから帰る人
9月まで期間を延長した人も少し居る。
8月でバイトが帰ると途端にトマムは秋になる。
雲は高くなり日差しが柔らかくなり風が冷たくなる。
そしてマッタリとした時間が流れる。
て言うか、、、
もう寒い。
コレを書き始めたのは9月の2日。
その頃はホントに涼しい秋野暢子、ではなく秋の陽気だった、
9月の第2週くらいからまた梅雨のように雨が降ったり曇ったりの天気が続いた。
雨が降るたんびに秋が進んだ。
今では朝晩は暖房が欲しいくらい冷える。
トマムも長袖が殆どになった。
この時期半袖を着ていると、
「どっか具合が悪いんじゃない?」
と言われる。(言われた)
実際、最近のタワーの客室には夜から暖房が入っている。
ザ・タワーの融通のきかないところはセントラルヒーティングの為
部屋ごとに暖房や冷房を入れられないことである。(なにしろ昭和ですので)
昼間、陽の当たるゴルフ場向きの部屋は冬でも暑いくらい、
だけどその部屋だけ冷房を入れる事は出来ない。
だから、冬のその部屋では昼間、北海道と南国の両方を体験できる。
今月から玉葱の収穫が始まった。
トマムを通る石勝線にも十勝で収穫された玉葱、人参、豆などを積んだ本州行きの貨物列車が走る。
石北本線では臨時の貨物列車が走る。
それを見ると、「今年も秋になったんだ」と思う。
今年の北海道は雨が多い。
トマムも毎日梅雨の様な天気が続いた。
たまに晴れても3日とモタナイ。
日照不足で野菜の出来が悪いとか。。。
雨が多いせいか今年は雲海が良く出るような気がする。
しかし、、、やっと晴れるようになった。
そして、、、イキナリ暑くなった。
冷房の無いトマムの社員寮の夜は寝苦しい。
内地から見たら夏の北海道は涼しくて爽やか~、
というイメージが強い。
実際、湿度は低くカラッとした暑さのときもアル。
だけど北海道でも真夏日になり蒸し暑いときもアル。
札幌や旭川、富良野なんかは30度を超える夏も珍しくない。
トマムでも30度を越える日もある。
トマムの場合、日陰では涼しい。
暑くなるのは昼間だけで夕方になると途端に気温が下がってくる。
夜になると寒くて長袖が必要なときもアル。
だからこれからトマムに来る方々は、
「だって8月だよ」
と思っても長袖を持ってきたほうがヨイ。
(実際、8月13日の朝は息が白かった。三角に朝食に来た何人かの子は「寒い」と言って震えていた)
今年の4月からザ・タワーの客室清掃を自社スタッフで行うことになった。
ザ・タワー2本で777室ある。
目眩がスル
イキナリ明日っから清掃できる訳がない。
なので冬のうちから清掃会社のおばちゃんに一緒について修行が行われた。
そのメンツは主にフロント、三角、ニニヌプリから選ばれた(その根拠がワカンナイ)
冬にイトウも何回か修行に行ったことがあるが、1回行ったらまた暫く行かない、
の繰り返しだったから仕事をゼンゼンマッタク覚えられなかった。
4月、
スキーシーズンが終わりグリーンシーズンのスタッフの発表があった。
レストラン三角とタワー客室清掃のカケモチになった(ヤッパリな)
トマムには沢山のセクションがあるのに何で三角とニニとフロントと売店からしか客室清掃に行かないのか。T-DOCやゴルフ場からも来れば良いのに。 (楽しいよ、多分・・・)
だいいち、600室・・・、実際には稼動が50%だとしても300室、
目眩がスル
それを2、30人でできる訳がナイ。
と、みんな思った。
清掃は2人1組でやる。
他のホテルはどーやってるか知らないが
トマムはそうやる。
1人がベット周り拭きあげ、もう1人はトイレバス洗い物の水周り。
冬の間に修行して清掃を覚えた人がコーチになって4月からの人を教える。
イトウもスッカリ忘れているのでもう一度修行した。
三角の朝食営業をやってから清掃に行くのは午前11時。
夕食番は13時から15時または16時頃まで清掃に行って夕食営業に出る。
ニニヌプリもだいたい同じシフト。
フロントの人は午前9時からとか10時、11時からと日によって違う。
タワーのチェックアウトは午前11時。チェックインは午後3時。
この4時間が勝負。
夏はレンタカーなどで周遊するお客さんが多いから朝早くチェックアウトする方も多い。
チェックアウトした部屋はパソコンで一括してみる事ができるので空いた部屋から清掃に入る。
基本的にはその日誰が何階を担当するかを客室担当が決めている。
11時、
「おはようございます」
「おはようございます。伊藤は今日は大塚さんと組んで27階です。27階は10室全部入れ替え」
「お~~~10室」
「宜しくお願いします」
清掃道具を準備する、
ブラシ、スポンジ、マジックリン
補充品を準備する。
シャンプー、コンディショナー、ボデーソープ、歯ブラシ、ヘアブラシ、髭剃り、
お茶のティーバッグ、メモ用紙、ゴミ袋etc・・・
「ゴミ袋持った?」
「持った持った」
「今日は部屋が多いから多めに持っていこう」
「お茶、これくらいで足りるかな?」
「足りる足りる」
用品庫の中はこれから清掃に行くスタッフで混んでいる。
用品庫は地下1階、そこに行くエレベータは1基しかない、
30階とかの担当で忘れ物でもした日にゃぁ取りに降りるのはかなりの時間のロスになるから
みんなあれはあるかこれはあるか確認に余念がない。
それでも忘れたり足りなくなることもある
「忘れもんないかな。よしじゃぁ行きましょう」
部屋番号と指示や備考が書いてあるバインダー、マスターキー
を持って清掃に出かける。
エレベーターに乗る
「毎度」
「おつかれ」
「イトウチャンとこ今日は何ルーム?」
「10ルーム。Ⅱの27階。そっちは?」
「スーパースイート2ルームとスタンダード5ルームだよ」
「おぅスウィートゥ・・・、熱いね」
「熱いよ盛り沢山だわ」
それぞれの戦地でエレベーターを降りる。
「行ってきまぁす」
「行ってらっしゃい!」
伊藤達も決められた戦地でエレベーターを降りる。
「今日はどっちをやりますか」
「じゃぁベットやります」
「じゃ水まわりをやります」
ザ・タワーのスタンダードのフロアはエレベーターが真ん中にあり廊下がぐるりと一周している。その廊下の外周側に部屋がある。だからエレベータにも廊下にも窓が無い。
廊下は円を描いているのではなく四角形の形。部屋によって窓の位置と間取りが違う。
タワーⅠとタワーⅡでも部屋の間取りが違う。廊下は一緒。
今日はタワーⅡの清掃
Ⅱは廊下の部屋と部屋の間に3箇所の隠し部屋がありリネンや掃除機などが仕舞ってある。
手押しの台車に新しくセットするシーツ、バスマット、バスタオル、フェイスタオル、浴衣、トイレットペーパ、ティッシュなどが詰めてある。
それと使ったシーツなどを入れるカートと掃除機を出してきていよいよ清掃が始まる。
「さぁ始めよう。もうすぐお客さんが楽しみしてトマムにやってくる」
もうすぐ8月。
3月に書いたっきりマッタク書いていなかった。
4月。
タワーのフロントからレストラン三角(みかく)とタワーの客室清掃に異動になった。
レストランと客室清掃
の勤務というと。
朝食営業をしてその後客室清掃に行ったり
先に客室清掃に行って夕食営業に出たりする。
それは朝の番組と昼の番組を持っている
宮根誠司のような忙しさ。
三角は和食のレストラン。
よく、
「レストランのさんかくってどこですか」
とか、
「みすみに行きたいんだけど」
と言われる。
漢字でこう書きゃ当然だ。
みすみと言われると熊本の三角を思い出す。
三角港からフェリーで島原へ渡ったことがある。
天草の綺麗な景色が懐かしい。
九州の夏は暑い。
東京や大阪のような都会のコンクリートの照り返しの暑さではない、夏の暑さ。
九州の田舎には麦わらをかぶってランニングと半ズボンを着て虫取り網を持った少年がまだ居ると思っている。
7月になってトマムにもまた夏のバイトが入ってきた。
みかくには熊本から来た女性がいる。
不思議な暗合だ。
三角の朝食は今は和食メインのビュッフェ。
宿泊に付いている朝食券は差額なしでそのまま利用できる。
朝は7時から8時頃が混雑のピーク。
タワーから一番近いこともあるし一度に100人も入れない小さな店なので毎日待ちが出来る。
他にはニニヌプリとカントリー亭で朝食ビュッフェの営業をしている。
入り口に立ち人数を聞いて店内に案内する。
「おはようございます。何名様ですか」
「3人」
店内のスタッフと無線で話す。
「お願いします3名様です」
「はい。ご案内してくださいこの3名様で満席です」
「了解」
「おはようございます。ただいま満席でして10分から20分前後お待ちいただいております」
「あそう。混んでるんだ」
「はい申し訳ありません。ニニヌプリは待ち時間なしでご案内できると連絡が来ています。ここからガラスの廊下で森の中を歩いて7、8分です」
「遠くない?」
「すみません。トマムはムダに広いのがウリなんです」
「ハハハ。ここで待つ」
道を訊かれることもある。
「ニニヌプリって言う言いにくい店はどこ」
「はいこの先の廊下を行って途中に人生の分かれ道があるので必ず左へ行ってください」
「右へいったらどぉなるの?」
「怖くて言えません」
「解った必ず左だね(笑)」
「はい。行ってらっしゃい」
夜は和食のコースメニュー。
5250円の白樺コースと
7350円のはまなすコースの2種類。
宿泊に付いている夕食券だと差額が必要。
先付け
お造り
揚げ物
焼き物
寿司
デザート
の順。
「美味しかったよ」
と言ってくださる方が多いのが自慢。
7月のある日、
毎年トマムに来てくださる
鎌田様が三角の夕食にいらした。
いつもは朝食出勤が多いけどその日は客室アフター夕食の出勤。
入ってきてすぐにわかった。
「いらしゃいませお久しぶりです」
「こんにちは」
お会いした場所がリゾートセンターから変わったので「毎度」と言いそびれた。
「今年もパン作りに行ったら三角にいると教えていただきました。今はこちらなんですね」
「そうなんです」
今年はお兄ちゃんが部活で来られないのでお二人でいらした。
懐かしかった。
三角の朝食のときの出勤時間がアウトドアカフェと同じ午前5時
そのことだけがいつもの夏と同じ。
炭を熾しソーセージを焼きながらカラスをおっぱらっていたアラフォーは
今は白いワイシャツを着てネクタイを締めて建物の中にいる。
学校は夏休みになり家族連れが増えて賑やかになってきた。
2009年の夏のトマムが始まる。
3月ももう終わりに近くなってきた。
気温もプラスの日が増えてきて雪解けが進んだ。
天気予報でも雨のマークが増えてきた。
それでもトマムのゲレンデは全面オープン中。
ナイターもまだ営業している。
雪アリ枡
アイスビレッジは3月18日で終わった。
実際には3月16日の営業が最後になった。
17日は暖かい日だった、気温が夜になっても下がらず雨も降ったのでアイスビレッジの営業は中止になった。
アイスビレッジはスタッフ以外は氷で出来ている。
だからスタッフは冷たくない。
3月18日も気温は高かった。ドームの氷もだいぶ融けてこれ以上は危険だと判断され遂に今年の営業が終わった。
アイスビレッジが終わるとトマムの冬もそろそろ終わる。
終わりといえば
OJTのトマム研修も3月で終わる。
12月の中旬にトマムに着てから3ヶ月経った。
トマムに来て右も左もわからないまま冬休みになり年末年始の繁忙期に入った。
お叱りやご意見やクレームに一緒になって頭を下げたり、
失敗したり怒られたり冗談を言って笑ったりした3ヶ月が終わった。
これで1年間のOJT期間が終わりそれぞれの配属先に行く。
伊藤のOJTリーダーの役目も終わる(結局大したこたぁしなかった)
タワーには10人のOJTと1人の冬季応援が居た。
そのみんながトマムを去る。
タワーに居たOJTはみんな真面目で一生懸命で頑張り屋でオッチョコチョイでスットコドッコイだった。
それぞれの配属先に行っても大丈夫だと思った(デモ少し心配)
アイスビレッジのときもそうだったけど
3月になると冬のバイトや本州のグールプホテルからの冬季応援が居なくなる。
トマムに残った連中は何かポカ~ンとした変な気分になる。
やっぱり寂しい気持ちになる。
3月に入って暖かい日が増えてきたけど、
OJTの子達が帰るこの数日は寒くなった。
こんなときに雪が降ると
「なごり雪だなぁ」と思う。(どーせアラフォーですから!)
「トマム良いところなのでまた冬に来ます」
「いろいろお世話になりました。また来ます」
「ありがとうございました」
「いえいえこちらこそお世話しました」
「またおいで」
「元気でねありがとう」
君が去ったトマムに残り落ちては融ける雪を見ていた。
これからトマムにスキーに来てタワーに泊まったとき
フロントのスタッフがどこか元気がなかったら
それは、
OJTが居なくなって寂しいんだな
と、思って大目に見て頂きたい。
トマムリゾートには修学旅行も沢山来る。
関東、関西、四国、九州、
沖縄からも来る。
主に5月から9月と冬のスキーシーズンに多い。
みんな飛行機に乗ってやってくる。
昔、修学旅行電車というのがあった。
修学旅行のための専用電車で出来たのは昭和34年。
東京と京都の間を走っていた。
「ひので」号と「きぼう」号といった。
まだその頃は特急でも電気機関車や蒸気機関車で走っていた時代。
車両は黄色と赤色のツートンカラーで座席はボックスシートで通路を挟んで2人用と3人用になっていた。
子供で体が小さいから3人席を作ったらしいけどヤッパリ窮屈だと思う。
そして片道は昼行、片道は夜行というダイヤだからビックリした。
小学生や中学生に固いボックスシートで一晩(だいたい9時間くらい)過ごさせるんだから当時の修学旅行は体力がいる。
第1次ベビーブームの頃なんかは修学旅行電車だけでは乗り切れないからあちこちから客車を集めて(中には戦前の客車)臨時列車を作り、パンクしていた東海道線の線路に無理やり列車を走らせ貨物列車並みのスピードで12時間くらいかけて京都まで行った。
この頃にモンスターペアレントがいたら、
「ウチの子は特急で行かせる」
「ウチの子だけ1等車に乗せろ」
とか言ったりするんだろう。
今では新幹線や寝台特急や飛行機で行くのが当たり前田のクラッカーになった。
海外へ行くのも珍しくなくなった。
トマムへは空港から観光バスでやってくる。大きな学校だとバス8台とかでくる。
そういう時はフロントから一人玄関前のロータリーでバスの誘導をする。
15分間隔で来るガレリア行とスポルト行のエリア内バスとトマム駅に行くJR接続バスも来るから無線機を持って誘導する。時には空港からスキーバスも来るからさながら航空管制官か国鉄の輸送司令になった気分(そんなタイシタもんじゃないか)
「修学旅行の生徒さん到着です。タワー前4台停まってますエリアバスは注意して入ってきてください」
「了解」
「駅行きは修学旅行バスが出るまで待機お願いします」
「駅行き了解」
「お疲れ様でした。トマムに到着です!忘れ物無いように降りてください」
「おぉさむかぁ!」
「雪や雪や」
「この雪サラサラや!」
「このホテルでか!」
あちこちの言葉で第一印象を言ってくれる
それにつけても最近の修学旅行の荷物は大きい。
伊藤の頃は手持ちの旅行バッグが普通だったけど(pumaとかadidasとか流行った)
今は殆どみんなガラガラ引きずるヤツで来る、
中には海外へ行くんですか?と言うくらい大きいので来る。
早く到着して夕食まで時間があると早速探検が始まる。
「あっこの売店覗いてみる?」
「あ、センセ、夕飯何時?」
「お前部屋何階?」
トマムに修学旅行に来て何をするか、
冬はスキーやスノーボード
春夏秋は缶振りアイスやジャム作り、ラフティングやカヌー、フィッシング、スポーツ体験などなど
冬は2泊から3泊、そのほかの時期は1泊から2泊していく。
食事はだいたいがニニヌプリのバイキング。時には自由にレストランを選んで行くこともある。
帰る日、
修学旅行担当のスタッフやインストラクターやロビースタッフが見送る。
「みんな忘れ物無いようにね」
「ありがとうございました」
「楽しかったよ」
「さよなら」
バスが出るときスタッフが手を振る。
生徒さんも先生も手を振ってくれる。
「ありがとう、また来てね」
修学旅行で行った所は何年かしてまた行ってみたくなったりする。
実際、何人かに会った。
「3年前に修学旅行で来たんですけど良いところだったのでまた来ました」
「ありがとうございます」
そんな話を聞くと嬉しい。
ある彼は6月に大阪からバイクでトマムに来た。
トマムには修学旅行が来る
『修学旅行に行ったあそこにまた行ってみたい』
トマムがそんな風に思われる所になりたい。
北海道土産のニューフェイス「生キャラメル」
始まりは2006年3月北海道の興部にあるノースプレインファームという酪農の会社が最初に生キャラメルを作った。
花畑牧場が生キャラメルを発売したのは2007年の3月だそうだ。
「生キャラメル」といえば花畑牧場のように思うがそうではないらしい。
伊藤もそう思っていた。
新千歳空港では花畑の生キャラメルを11時と14時と17時に販売していて買いたい人はその1時間から2時間も前から並んでいる。
伊藤の高校の同級生も1月下旬に北海道に遊びに来て土産に花畑の生キャラメルを頼まれていた。
だけど17時の販売開始の1時間半前からもう列が出来ていたので、びっくりして「ヤメタ」と言った。
他の生キャラメルを販売している店では並ばずに買える。
一度だけ花畑の「生キャラメル」を食べたことがある。
他の店では「生キャラメル」を試食をさせてくれる。
試食を食べてみたけど花畑のと味もそんなに変わらないように思った。
まぁ話のタネに買うんだろう。
「買うのに千歳空港で2時間並んじゃった」
「1人5個までしか買えないんだよ」
最近、札幌駅の地下街「アピア」に新たに店を出した。
そこでは一日に確か4回生キャラメルを販売している。
札幌駅のKIOSKでは数十種類の生キャラメルを販売している。
今、「生キャラメル」と名の付く商品は30種類以上あると、テレビで特集していた。
白い恋人、マルセイバターサンド、生チョコに続く北海道土産の定番になりつつあるらしい。
生キャラメルというものに定義はないという。
材料に何を使っているとか
口に入れて何秒で溶けるとか
そういう決まりは無いらしい。
生キャラメルを作るきっかけは
大量にアマッタ牛乳をどうしようか考えて出来たということだ。
この生キャラメルブームはまだ暫く続きそうだ。
だけど、流行は廃れる。
30種類以上あってもそのうち淘汰されて残るものは残る。
それから買っても遅くは無い。
でもそう思うのは伊藤が北海道に住んでいるからで
旅行で来た人から見たら
今度いつ北海道に来るか分からないのに流行が過ぎるまで待って居られるか!てなとこだろう。
大阪のUSJも
さいたまの鉄道博物館も
流行が過ぎれば空いてくるだろうと思って伊藤は行ったことが無い。
だけど未だに空いてくる気配が無い。
USJは行った人に聞くと「案外ツマンナイよ」という人と「オモシロイよまた行きたい」
と言う人と両方居るし。
鉄道博物館なんかは「イヤ面白いヨ」よと言う人が多い。
タワーのスタッフはもう3人も行ってる。
流行が長く続いてるのもあれば
ブルートレインのように廃れて無くなっていくのもある。
東京から九州へ行く寝台特急はこの3月で廃止になる。
寝台特急の元祖で走り始めてから50年
「走るホテル」と言われ特急券は「プラチナチケット」と言われた
『あさかぜ』は13両編成の半分が倍の料金をする1等寝台なのにいつも満員だった。
新幹線が出来て
飛行機のほうが安くなって
夜行高速バスが出来て
ブルートレインは廃れた。
トマムもそうだ
インターネット上で、
「あそこは最低だ!」
「トマムツマンナイ」
「メシが食えない」
「部屋が狭い」
と書いてくださった人と、
「トマムって意外に楽しめる」
「ヨイ所だねまた来るよ」
「楽しかった」
「子供が大喜びで」
と書いてくださった人が居る。
トマムが流行っていたのはずっと昔のこと。
インターネットも携帯電話も無かった時代
今のトマムは流行っているとは言えない廃れるの『ス』ぐらいまで来ている。(会社の人ゴメンナサイ)
トマムが昔のように流行りにならなくてイイけどまた沢山のお客さんに来てもらいたい。
広報のちゃちゃぴーのように「どうしたらお客さんに喜んでもらえるかねぇイトーちゃん」と考えたり、
ガレリアのフロントの戸田ッチのように「お客さんに笑顔になってもらいたい」といつもそう言って接客をしたり、
ポーラービレッジのハッシーのように「こんなんじゃお客さんは喜ばないよ」と発言したり、
アイスビレッジの矢野ッチのようにお客さんからの急なリクエストや少し無理なリクエストを頼んでも「ああイイよ」と言ってやってくれるスタッフが今のトマムにもまだ居る。
みんなトマムが好きだから、今の仕事が好きだから
働いている、考えている
トマムが生キャラメルのように溶けて無くならないように。
北海道に来る前、地元に居たときはラジオをよく聴いていた。
イトウはAM派だ。
TBS、文化放送、NHKをよく聴いていた。
TOKYOFMやJ-WAVE、FMNACK5も聴いていた。
アイスビレッジに居た去年、
アイスビレッジの紹介のためTOKYOFMとNACK5に電話出演をしたことがある。
TOKYOFMは録音でNACK5は生放送だった。
録音ていうのは慣れないと恥ずかしい。
NACK5のときは生放送だった。こっちのほうが緊張した。
間違いがあってはいけない。
NACK5はイトウの地元のFM局なので懐かしかった。
この放送のときのことは去年のブログに書いたけどもうそれは見られないのだろうか。
AMではTBSの大沢悠里や若山弦蔵や毒蝮三太夫や永六輔の番組を聴いていた。
毒蝮三太夫の「このババア」には笑った。
文化放送は吉田照美なんかを聴いていた。
TBSラジオで放送されていた「全国こども電話相談室」も聴いていた。昭和39年から44年間続いていた。
続いていたとは去年の9月に番組が終わっていたらしい。
北海道に来てからラジオを聴く機会がなくなったから放送が終わっていたことを知らなかった。
天地総子が歌っていたテーマ曲が懐かしい。
♪ダイヤルダイヤルダイヤルダイヤル(リ~ン)
回してかかったかかったかかったかかった・・・♪
最近の子はダイヤルを回すという意味が解らないらしい。
トマムにも電話相談室 がある、
夜9時になると代表電話の受付がタワーのフロントになる。
夜9時のタワーフロントはチェックインは落ち着くけど暇ではない、
ゲレンデのナイター営業が7時に終わりその後、夕食やVIZスパハウスや木林(きりん)の湯に出かけるお客様のエリアバスへの案内。2日先のチェックインの準備、今日のチェックインの確認などなど、
そんな中で代表電話を受けるからなかなか忙しい。
質問に答える電話のセンセイは日によって3人から5人居る。
「お電話ありがとうございます。トマムリゾートでございます」
「あのぉ、来週そちらに伺うんですけど荷物を送るのに届け先はなんて書けばよいですか?」
「はい。住所のあとにお泊りになるホテルの名前を書いていただくとスムーズにお受け取りで来ます。
それと何日にチェックインするかも書いていただくと間違いが無いです」
「わかりました。ありがとうございます」
「こちらこそお待ちしております」
「お電話ありがとうございます・・・」
「そちらは雪はありますか?」
「はいございます」
「パウダーですか?」
「そうですね、ここ数日雪が降ってないんですが、
ガリガリではないです。2月のうちは降ればパウダーです」
「ありがとうございます」
時計の針が夜の11時を過ぎる
「お電話ありがとうございます・・・」
「こんばんは。明日から宿泊する〇〇ですがお部屋は何階ですか?」
「お調べしますので少しお待ち下さい・・・
・・・、お待たせいたしました。23階でございます」
「そうですかありがとうございます」
「お待ちしております」
「お電話ありがとうございます・・・」
「今、日高まで50kmて看板なんですけどトマムまであとどのくらいで着きますか?」
「そうですねぇ1時間くらいでしょうか」
「お電話・・・」
「夜分にすみません、旭山動物園て明日やってますか?」
「???、あ、あのぉ調べしますので少しお待ちいただけますか?
お待たせしました。明日はやっていますよ」
「ありがとうございます」
ウチに泊まるの?泊まらないの?
12時をまわる。
その他にも客室からも電話がかかってくる。
「フロントでございますこんばんは」
「製氷機はありますか?」
「はい。廊下にございます」
「明日パウダーは降りますか?」
「予報は曇りなんですが、わかりません」(その気持ちはワカル)
もうすぐ2時
「フロントでございます」
「リフトは何時から始まりますか?」
「はい。午前9時からです」
「フロントでございます」
「アイスクリーム売ってますか?」
「申し訳ございません。売店は夜10時までの営業なんです」
「フロントでございます」
「朝食は何時から?」
「はい7時からやっております」
午前3時くらいになると電話相談はほぼ来なくなる。
少しの休憩を挟んで早いときには午前5時くらいからまた電話が鳴り出す。
雲海テラスをやっている期間は4時くらいから頻繁に鳴るらしい。
トマムは広いからチェックインのとき説明を一度聞いたくらいじゃ分からない。
だから電話相談が多い。
去年の12月、グループに採用された新人社員がトマムに3ヶ月のOJTに来た。
OJTとはOnthe Job Training(オンザジョブトレーニング)と言うらしく
「職業指導手法」の一つだとウィキペデアに書いてあった。
起源はアメリカで第一次世界大戦の頃というから歴史は古い。
新人社員が12月に研修に来るのは遅いじゃないかと思われるかもしれないが、
OJT期間は一年で3期に分かれていて1期目、2期目、3期目と違う場所で研修するというのがウチの会社のやり方らしい。
1期目2期目と本州にあるグループのホテルや旅館で研修してきたツワモノが列挙してトマムにやってくる。
レストランでホールに居た人調理に居た人
ホテルのフロントに居た人客室清掃に居た人
ブライダルに居た人
いろいろな所で研修してきた。
3期目にトマムに来てそれが終わるとそれぞれ正式な配属先に分かれていく。
12月のはじめタワーに出勤したら上司から
「イトーちゃん中旬から来るOJTの受け入れリーダーやって」
「へ?俺が???」
トマムに来て5回目の冬
伊藤は今までOJTは見たことも会ったことも無かった。
そもそも伊藤がそれまで配属されていたTーDOCやアイスビレッジにはOJTは来なかった。
OJTはいつもフロントやレストランに配属されていた。
OJTという言葉はレストランに居た友人に聞いて知っていたが直接関わったことは無かった。
「ウチのOJTは理屈ばっかりで働かなくってさぁ」
「OJTて何?」
「まぁ新人の研修だね」
OJTは理屈ばっかりで働かない・・・
それはOJTばかりでなく最近の若いヤツは特にそうだと思うのはイトウがオヤジになったからなのだろう。。。(と、アッサリ認めてやる!)
そんな話が頭の片隅に残っていた。
オッチョコチョイで人見知りでバカで優しい俺にリーダーなんて出来るのか?
OJTが来る一週間くらい前、各課のOJTリーダーが呼ばれてリーダーは何をするのかを説明された。
主にこの何も無いトマムに着ての生活で困ったことの相談に乗ったりとか広いトマムの案内とかそんなのが主で仕事をキッチリ教えろとかいいうのではなかった。
それと一ヶ月ごとにOJTの様子を報告するということだった。
「伊藤さん、タワーには10人配属になります」
「え?10人!しかも男は1人」
ガレリアには12人、そのほかアクティビティ、総務にも何人か行き総勢で30数人のOJTがトマムに来た。
初日は半分に分かれてトマムの全エリアの見学会が行われた。
伊藤もそれに同行した。
みんな修学旅行のようにはしゃいでいた。
「やっぱ北海道は寒いね」
「あそこまでゲレンデなんだ」
「トマム広いね」
最初はポーラービレッジの見学、
「はい、ここがポーラービレッジと言います。スノーモービルとかバナナボートとかアクティビティの受付です。それじゃポーラーの橋本さん、ハッシーに説明してもらいます。みんなきょうつけ!ゼロ!間違えた、礼」(ヤッテシマッタ)
水の教会、リゾートセンター、スポルト、ガレリア、タワーと見学、そのあとフロントやレストランに配属の人は制服合わせをした。
いよいよ翌日からOJTのトマム出勤が始まる。
10人中2人が売店に配属になりフロントには8人が来た。
みんな緊張と不安とワクワクがごっちゃになった顔をしていた。
マニュアルを渡しタワーの業務を説明した。みんなメモを取り真剣に聞いている。
堅苦しいのが苦手なイトウはオヤジギャグを言ってOJTの失笑を買う。
何か理屈でも言おうモンなら「新人なんだから黙って働け」と言ってやろうと思ったけど誰一人そんなことは言わず真剣に仕事を覚えようとしている。
OJTが来たのが12月の19日、もう冬休みに入り宿泊も増えて忙しくなってきて時間を空けて教えることが出来なくなってきた。
それでもみんな愚痴も言わず分からないことがあると聞きにきてメモを取った。
数人に分かれてそれぞれ違う業務を教えてその後でみんなで教え合いっこさせた。教わるより教えるほうが勉強になると伊藤が若い頃先輩に言われたことを思い出した。
クリスマスを過ぎて年末になっていよいよ超繁忙期に入った。
OJT達は怒られながら失敗しながら覚えていっている。
「よく働くじゃんゼンゼン文句も言わないじゃん」
今までのOJTだって全員が働かないわけじゃない。ただそういうOJTが目立つだけでよく働く子も居る。
お客さんの理不尽な要求に困りながらも、違う部署で起きたミスなのにタワーに来て文句を言ったお客さんにぶつかっても「申し訳ございません」とお詫びをしている。
そんな姿を見ると「この子が悪いわけではないでしょ」と庇いたくなる。
それから今の時期、風邪やインフルエンザが流行っていてもタワーのOJTの誰一人として病欠していないのが凄い。
みんな毎日「おはようございます!」と元気に出勤する。
OJTがトマムに来て一ヵ月半。
3期目の半分が過ぎた。
忙しい時期も過ぎ仕事にも慣れきて、みんなタワーの戦力になっている。
3月の末には配属先が決まり数人がトマム配属になりその他の人はトマムを出て行く。
あけましておめでとうございます。
2009年のブログの始まりです。
もう正月も終わり。大寒も過ぎもうすぐ春が来る。
ブログのリニューアルが遅いよ!
考えていたネタもスッカリ忘れ・・・
この冬はアイスビレッジではなくタワーのフロントに配属にナリ暖房の効いたロビーで海千山千の色々なお客様に出会った。
タワーには777室の部屋がある年末年始には1200人のゲストがトマムに来た。
十人十色という諺があるが千人だから100倍。
千人千色だから見たことの無い色まであった。
もう1月も終わり2月になる。
トマムはまだまだ「雪有り升」
